[ 機械 ]
(2016/12/16 10:00)
注意深く工具メーカーのカタログを見ている人は、国内のいくつかのメーカーのスペック表記が最近改められたことに気付いているかもしれない。ある会社のカタログでは切削工具のインサート寸法の表記がDという記号で表される一方、別の会社では全く異なる表記となっている、こうした状況は珍しくない。ISO13399という規格は、実務的には各社ごとに異なる工具データの記述方式を統一し、ISO13399を準拠するメーカーならば波長、シャンク長や径などのスペックについて、同じ表記でツールライブラリーを構成することを目的とする規格だ。この規格が注目を浴びはじめ、インターネットとソフトウエアの発展から切削加工に関わる人たちにとって急速に重要度を増している。CAD/CAMをはじめとしたソフトウエア、それと各工作機械がインターネットでつながるIoTにより、大きな生産性向上の可能性を秘めているからだ。
◇船井総合研究所 ファクトリービジネスグループ 山崎 悠
IoTへ重要度増す規格
ISO13399の歴史
ISO13399という規格はここ数年にできた新しい規格ではない。1990年代にスウェーデンのサンドビック、米国のケナメタルの2社が中心となって規格制定を進めてきた。
しかしその後インダストリー4・0やIoTといった概念が言いはやされる2014年頃まではあまり注目を浴びてこなかった。ISO13399が注目され日本国内のメーカーも取り組みに参加しはじめたのはここ数年の話。欧米の工具メーカーが主導権を取る形で進んできた中で、規模や技術面で多様な特色を持つ日本の工具メーカーが規格制定にどう関わることができるかが注目点だ。
AIで簡単に工具選定
ISO13399で何が変わるのか
現在、メーカーから提供されている工具の3次元データは規格が統一されていないために、ユーザーはCAD/CAM上で単純に組み合わせる際にもデータ変更などの調整が必要になる。しかし、ISO13399の規格統一が成されれば各社のデータを同一に、簡単に扱うことができるようになる。
多くのCAMでは既に工具メーカーのオンラインのデータベース(DB)にアクセスしてツールライブラリーを読み込む仕組みとなっている。今後この仕組みはクラウドに移行すると見られており、各ユーザーは加工対象に応じた最適な使用工具、ツールパス、切削条件をクラウド上から受け取る形になる。
ユーザーにとっての価値を考えると、日々更新される複数の工具メーカーの製品の中から、最も目的にあった工具を横断的に選べた方が良いに決まっている。
将来的には自己学習型のAI(人工知能)もCAMに実装され、より適切な提案をしてくれるようになるだろう。これは、これまで高度な加工知識が必要であった工具選定を、誰でも簡単に行うことができるようになるということだ。今後はこのようなシステムを活用した上で、自社の独自のノウハウや職人の知恵をどう反映させるかということが、各社の差を生んでいくだろう。
逆説的に言うとISO13399を準拠しないメーカーの製品は、このような先進的な取り組みをするユーザーの選択肢にも入らなくなる。同時にクラウド形式でデータが蓄積されて集合知化していくツールライブラリーを利用しない加工者は厳しい状況に置かれることは想像に難くない。
大げさかもしれないが、ある調べものをするのにインターネットを利用できるか、できないか、といったぐらいの効率面での違いが加工者にとって出てくるだろう。
経験をデータ化 誰でも再現
データドリブンの加工=勘と経験の世界からの脱却
20世紀初頭の米フォードモーターにおける共通規格の推進など、歴史的に生産品質を安定、改善させていくためには共通規格が非常に重要な意味を持ってきた。何かを評価するためには、同じものさしを使わなければならない。
切削加工においてソフトウエアの劇的な発展を妨げていた一つは、データ測定・収集の難しさにあった。しかし、この課題はセンサー技術、通信技術の発展、そして共通規格の普及により解決されつつある。
加工技術に関わる人たちの長年の課題の一つは、勘や経験といった加工者の属人的な要素をいかにデータ化し、社内の他の人が再現できる状態にするかということだった。この課題に対する回答の一つが、加工に関するデータを漏れなく蓄積し、現状を分析、条件の改善を行っていく「データドリブン」な加工最適化の推進である。
この取り組みのためには、大前提として加工に関する数多くのデータを収集する必要がある。リアルタイムで機械の稼働状況、切削進行状況のデータを収集、処理する際には各情報の共通規格が必要だ。データをまとめて同時に扱うためには、収集の際に各データの規格が統一されていなければならない。
この点でISO13399は、切削工具に関わる部分だけの話だが、工具は生産性に大きく関わるため、最も重要な位置を占めるデータとなる。ISO13399はデータ蓄積、活用のために必要な共通基盤なのである。
今後、工場の各機械状況を統合して管理するソフトウエアは、大規模工場だけでなく中小の工場まで一気に普及する可能性がある。また工具DBの進化と加工データの蓄積により、ソフト上で工具消耗費の正確な計算・予測や、ダイヤモンド工具のような高価な工具の費用対効果分析を行うことも可能となってくるだろう。
キーワードは「脱職人」
誰が最も影響を受けるのか
量産加工の領域については、大手メーカーは10―20年近く前から「脱職人」をキーワードに社内に加工DBを構築している。加工データを集め、生産技術が工具を指定して「誰でも」効率的な加工が行えるように取り組んできている。
その蓄積は今後も大きな優位性を持つと考えられる。私見となるが、ISO13399の取り組みが進む中で最も影響が出てくる対象は、多品種少量生産の加工を行っている中規模メーカーと、試作から小ロット対応の加工を行っている多くの町工場になるのではないだろうか。
従業員が数十人の小規模の町工場であっても、意識の高い加工会社は加工データの蓄積を最重要課題として、CAD/CAMや社内設備のネットワーク接続といった課題に取り組んでいるケースが、ここ5年程度でよく見られるようになった。
京都にある従業員30人強の機械加工会社、木村製作所もその1社である。この会社では海外や国内の複数工場の全ての工作機械、パソコンをインターネットで接続し、データを蓄積、分析、改善が可能な独自の仕組み構築に取り組んでいる。
新しい設備を入れるだけで競合他社との優位性が図れる時代はもう終わっているとはいえ、中小企業においても苦手であったとしても、今後はハードよりもソフト面での取り組みがより大きな差を生むことになるだろう。
【11/16付本紙別刷「JIMTOF2016特集」より】
(2016/12/16 10:00)