[ ロボット ]
(2017/1/4 05:00)
人工知能(AI)が急速に進化している。囲碁や将棋のプロ棋士もたじたじの腕前を見せ、脚光を浴びるが、実用化の動きは暮らしや職場、医療や産業などさまざまな場所に広がっている。世界を変える勢いのAIの今に迫った。
■深層学習で「目」獲得
人間並みの知性を持つコンピューターとの共存。AIの急速な発達で、そんな未来が夢物語ではなくなってきた。近年は「第3次AIブーム」と呼ばれ、多くの分野で実用化が加速。東京大学の松尾豊特任准教授は「人工知能が日常生活に組み込まれた社会が早晩やって来る」と言い切る。
AIという言葉が登場したのは1956年。そこから60年代にかけての第1次ブーム、80年代の第2次ブームでは、コンピューターの性能が低く、世間が期待するほどの成果は出なかった。
状況が一変したのは12年。AIの画像認識能力を競うテストで、ディープラーニング(深層学習)という新技術を使ったカナダのトロント大学が圧勝、関係者に衝撃を与えた。深層学習では人の脳を模したネットワークを多層化し、大量のデータを学習させることで、自動的に画像や言語などが認識できるようになる。
深層学習の意義を、日本の第一人者である松尾氏は生物の目の獲得に例える。「目を持つことで生命体は多様化した。同じことが機械、ロボットの世界で起こる」と、今後の爆発的な進歩を予言する。
日本人の49%が就いている仕事は30年にAIで代替できる―。野村総合研究所の試算だ。創造性や人間の交流が重要な仕事以外はAIに代替される可能性があるとし、運転手や事務員などを具体例に挙げる。
ただ、上田恵陶奈上級コンサルタントは「失業が発生することはない」と明言。パソコンが多くの仕事を変えたように、AIのサポートで人間はより高いレベルの仕事ができると話す。
経済協力開発機構(OECD)も昨年、AIで大量の雇用が失われる可能性は低いと発表。導入への社会の抵抗が強いことや、AIが新たな仕事を生むことを理由に挙げた。
国立情報学研究所などが東大合格を目指して開発したAI「東ロボくん」は、16年の大学入試センター試験模試で偏差値57・1を獲得。有名私立大学に入学可能な水準に達した。
東ロボくんは暗記や計算が得意だが、文章の意味は理解できない。それでも多くの高校生の得点を上回ったのはなぜか。開発を主導する同研究所の新井紀子教授は、学生の読解力低下が原因と分析する。
東ロボくんは16年で計画を凍結したが、新井教授は現時点でAIがこのレベルならば「20年代にはホワイトカラーの仕事の半分が機械に取って代わられる」と見通す。「AIが得意な分野では人間は勝てない。人間らしい理解を深めるところで差別化しないといけない」と警鐘を鳴らす。
■小説書き音楽作る−腕前上々
公立はこだて未来大学などの研究グループのAIは小説を書く。16年3月には発想力を問われる「星新一賞」の一次審査をAIが書いた小説が突破した。AIに創造性はあるのか。同大の松原仁教授は「人間にできることは原理的にAIにもできる」と肯定的だ。
一方、松尾氏は「まねはできるが、感覚や感情に基づく創造は不可能」と限界論を唱える。「星新一に似た小説」は書けても、「面白い」と思いながら小説を書くことはできないとの立場だ。
「仕事を奪う」「人類を滅ぼす」といったAI脅威論は根強い。しかし、多くの研究者に共通するのは、「AIは人間が使う道具」という基本認識だ。ソニーコンピューターサイエンス研究所パリは、AIが作曲したポップソングを公開、17年に発売する予定だ。
フランソワ・パシェ所長は「人間とAIの組み合わせが音楽の創造を深く変える」と、双方が共存する未来を信じている。
■人手不足対策−センサーで牛の体調管理
「朝はゆっくり出てきましょう」。日立製作所で部長代理を務める神尾英幸さんは、スマートフォンに届いたAIからのメッセージに顔をしかめる。営業をサポートする神尾さんの部署では、「朝は早め」が当たり前だった。人間と異なる視点を持ったAIが、働き方を変えようとしている。
日立のAIは名札型センサーで従業員の動きを追い、組織の活性度を分析。これに基づき適切な行動を各人にアドバイスする。同社の研究では活性度が高い組織ほど生産性も高くなる。
同社研究開発グループの辻聡美研究員は「人工知能が網羅的に指標を探し、活性度が高まる結果を提示できる」と説明。神尾さんも「やり方を変えるきっかけを客観的に与えてくれる」と、AIの活用に肯定的だ。
一方、AIの分析が100%正しいなら、その判断は助言の域を超えて「守るべきもの」になると、不安視する声もある。人間がAIに使われては本末転倒。共に働く時代を目前に、乗り越えるべき課題も多い。
AIは農業分野にも進出している。酪農王国として知られる北海道十勝地方。IT企業のファームノート(帯広市)は、牛に取り付けた加速度センサーのデータをAIが分析し、発情の兆候を通知するシステムを開発した。
士幌町の山岸牧場は約200頭の牛に同社のセンサーを装着。取締役の山岸拓さんは「人が見ていない時でも発情が分かるというのは、非常に重要なことだ」と話す。
発情を見逃して乳牛の妊娠が遅れれば、乳が搾れない期間が長くなる。的確な把握は、酪農経営に欠かせない。人手不足が深刻化する中で、農業分野でもAIの役割はますます高まると予想される。
ファームノートは、病気などの兆候も検知できるようシステムを改良する方針。山岸さんは「AIがもっと賢くなれば自分も学べる」と、AIによる酪農技術のさらなる向上に期待を寄せている。
■無人運転バス、過疎・高齢化対策の突破口
「チン、チーン」。紅葉深まる秋田県仙北市の田沢湖畔。ディー・エヌ・エー(DeNA)の無人運転バス「ロボットシャトル」は、路面電車を思わせる発車ベルを響かせ、県道を走りだした。
運転席もハンドルもなく、AIの技術を使って周囲の状況を認識する完全自動走行。国内初となった16年11月の公道実験では、地域住民らを乗せて片道400メートルの道のりを時速約10キロメートルで往復、安全性を検証した。
仙北市では過疎化と高齢化でドライバーが不足し、路線バスの維持は困難な状況にある。「自動運転バスの可能性は無限大」と話す門脇光浩市長は、田沢湖観光に加え集落から病院などの公共施設までを結ぶ「地域の足」として活用したい考えだ。
DeNAの中島宏執行役員は「全国で(交通手段のない)買い物弱者は700万人以上。ドライバー不要の安価で安全な交通手段が絶対に必要になる」と指摘する。実用化には安全技術の向上や法的な環境整備と並び、社会的に十分な理解を得ることが不可欠。政府はまず過疎地でこうした実験を重ね、東京五輪が開催される20年には実用化にこぎ着けたい考えだ。
人手不足の地方自治体では、多くの分野でAIへの期待が高まる。
静岡県掛川市は昨秋、三菱総合研究所と共同で、子育てに関する問い合わせにAIが応じる実験を行った。スマートフォンなどで専用サイトの画面を開き「児童手当について教えて」といった質問を打ち込むと、AIが回答する。24時間対応できるのが強みだが、臨機応変な回答はまだ苦手。それでも利用者アンケートでは約9割がサービス継続を望んだ。
三菱総研の村上文洋主席研究員は「子育ての不安についての相談も多かった。最後は人によるケアが必要だが、AIのサポートで今までできなかったサービスが実現する可能性もある」と話す。
(2017/1/4 05:00)