[ オピニオン ]
(2017/3/2 05:00)
映画はその国の世相を色濃く反映する。特に米国はその傾向が顕著だ。
第89回アカデミー作品賞に、貧困地区に生まれた黒人の成長記『ムーンライト』が決まった。前年は主要俳優部門を白人が独占していると批判されたが、今年は一変した。トランプ大統領の排他政策に批判の声があふれ、外国語映画賞を受賞したイラン人監督の式典欠席と代読されたメッセージは喝采を浴びた。司会者や受賞者の多くが大統領を笑いや皮肉のネタにした〝反トランプショー〟は、最も注目された作品賞の発表取り違えという前代未聞のミスも生んだ。もはや式典そのものがドタバタ劇を見るようで、落胆したファンも多かろう。
映画業界が政治に翻弄(ほんろう)されるのは今に始まったことではない。20世紀初頭の制作は東海岸が中心だったが、気候や人種差別が嫌われて西海岸・ハリウッドに拠点が移った。
1950年代は「赤狩り(マッカーシズム)」と呼ばれる共産主義排斥運動で、有能な人材が抑圧された。また60年代から70年代にかけてはベトナム戦争への厭戦(えんせん)感から、体制への反逆が主題の「アメリカンニューシネマ」の傑作が多く生まれた。近年も中東への軍事介入に批判的な作品は多い。権力への抵抗がハリウッドの歴史でもある。
トランプ大統領の主義主張は、多国籍化が進み、多様性を是とする多くの映画人たちに猛烈な拒否反応を引き起こしている。今年のアカデミー授賞式はそれを世界に発信する一大ステージとして、長く語り草になろう。
ハリウッドは今踊り場にいる。ヒット作の多くはSFやアニメーション、リメイクなどで、人種やマイノリティーをテーマに据えた、メッセージ色が濃い作品は総じて興行成績がふるわない。
過去10年の受賞作品を見ても、名実ともに成功と呼べるのは『スラムドッグ$ミリオネア』など数えるほど。娯楽の多様化や製作費の高騰など抱える課題が多く、映画会社はリスクを避ける悪循環が続いている。『タイタニック』『フォレストガンプ/一期一会』といった、評価と成績が一致する過去の名作が生まれにくくなっている。
映画ファンは政治や国籍に関係なく泣いたり笑ったり、そんなひとときの時間を楽しみたくて劇場に足を運ぶ。そこに対立や批判は不要だ。観客は作品を楽しもう。それこそが業界の健全な発展につながるのだから。
(大神浩二)
(2017/3/2 05:00)