[ トピックス ]
(2017/5/26 05:00)
新型ロケット開発や衛星測位システム(GNSS)の産業利用など宇宙開発の機運が高まってきた。政府は宇宙産業利用の拡大を目指した「宇宙産業ビジョン2030」を策定し、日本の宇宙開発力を生かして国内外で宇宙ビジネスの展開を目指す。準天頂衛星「みちびき」の2018年度からの本格稼働、民間ロケット打ち上げや衛星画像の取り扱いなどを決めた宇宙関連2法の成立など、宇宙産業振興の基盤も整ってきた。(冨井哲雄)
産業利用/衛星データ活用加速
宇宙の産業利用では従来の欧米日に加え、中国、インド、韓国など新興国が台頭。中国はすでに有人飛行に成功し、宇宙ステーションの建設構想を推進する方針を打ち出している。インドも1月に1機のロケットで史上最多の103機の人工衛星を軌道投入して世界を驚かせた。
日本も宇宙航空研究開発機構(JAXA)を中心に基幹ロケット「H2A」や世界で初めて小惑星に着陸して帰還した「はやぶさ」など先進的実績を積み上げている。しかし産業化や民間との連携はまだ十分とはいえない。政府は新たなビジョンの策定で研究開発だけでなく制度や法の整備、人材育成まで包括的に推進し、激しさを増す宇宙開発競争に打ち勝つ構えだ。
新たなビジョンは「宇宙利用産業」「宇宙機器産業」「海外展開」「新たな宇宙ビジネスを見据えた環境整備」の四つの柱で構成。宇宙産業を政府が目指すスマート社会「ソサエティー5・0」の実現に向けた駆動力と位置付け、他の産業と結びつけた新たな成長産業の創出を狙う。
ビッグデータ(大量データ)や人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)などを組み合わせ、ロケットや衛星の小型化など低コスト化も進めて宇宙利用の裾野を拡大。30年代早期にも日本の宇宙産業市場を2兆4000億円程度と現在の規模から倍増させることを目指す。
宇宙分野の産業利用として注目される衛星関連分野は、衛星データの入手経路が分かりにくい点や衛星データを利用したビジネスの立ち上がりの遅れといった課題がある。
そこで衛星データへのアクセス改善のためデータの種類や保存場所などの一覧化、データ利用拠点の整備などを推進。同時にデータの利活用促進のため、政府衛星データを利用しやすい環境の整備を打ち出した。AI、ビッグデータの解析とその人材の活用、潜在ユーザーである省庁・自治体などと連携し利用拡大と産業化を図る。
また、「宇宙の利活用で国際的に先駆的な立場にある」(内閣府)というみちびきは数センチメートルレベルの精度の測位能力を生かし、気象や防災、土地利用、海洋資源、交通分野などで活用を進める。
すでに自動車や農業トラクターの自動走行、飛行ロボット(ドローン)の自立飛行などの実現を目指した実証実験が企業や大学などを中心に進行中。今後はリモートセンシング衛星やみちびきのデータと地上データを統合した新たな活用手法を創出する。
機器産業/継続的な開発 不可欠
人工衛星やロケット、地上設備などを製造する「宇宙機器産業」の国際競争力確保には、市場ニーズに応じた継続的な衛星開発や新型基幹ロケット「H3」の開発・推進などが不可欠。
H3は現行の「H2A」の半額の50億円程度での打ち上げや、製造期間や打ち上げ間隔の短縮などを進める。
米国で活発な宇宙機器産業への新規参入支援も重要項目の一つ。小型ロケット打ち上げ用の射場整備について、指針の整備や小型ロケットベンチャーの動向など市場動向を調査し、施策に反映していく。
海外展開/機器・人材育成で連携
欧米を筆頭に強力なライバルがひしめく海外市場の攻略では、政府横断の組織「経協インフラ戦略会議」と連携。
宇宙関連機器やサービス、人材育成などとパッケージ化を図るとともに、国際連携を進めてみちびきによる数センチメートルレベルの高精度測位サービスをアジアやオセアニアに展開する。
またGNSSに関して、日本は3月に測位衛星「ガリレオ」を擁する欧州との協力取り決めに署名している。内閣府宇宙開発戦略推進事務局の高田修三事務局長は「産業の国際競争力向上に結び付く」と大きな期待をかける。連携の輪が広がれば、国際展開も加速していきそうだ。
新ビジネス/制度・アイデア 官民連携
宇宙開発で最先端を走る米国では、ベンチャー企業が大活躍している。電気自動車メーカーのテスラを創業したイーロン・マスク氏率いるスペースXは3月に再利用の1段ロケットを使用した「ファルコン9」を打ち上げ、再度ロケットの着陸・回収に成功。アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏の立ち上げたブルー・オリジンは次世代の大型ロケット「ニュー・グレン」の開発を着々と進めている。宇宙開発を民間がけん引する米国は、日本の宇宙開発戦略が目指すべき姿の一つだ。
最先端の米国 目指すべき姿
米航空宇宙局(NASA)は産業界、民間企業に対する宇宙開発の支援プログラムとして国際宇宙ステーション(ISS)への貨物輸送用宇宙船開発を支援する「商用軌道輸送サービス(COTS)」、COTSを受けて民間による宇宙輸送事業の展開を支援する「商業物資輸送サービス(CRS)」、商業有人輸送技術開発を目指す「商業クルー開発(CCDev)」などを策定。プログラムによって生まれた技術やサービスを、NASAが利用する仕組みで、産業振興を進めている。
このうちCOTSとCRSでは06年にスペースXと米オービタル・サイエンス(現オービタルATK)を支援対象企業に選定。CCDevではスペースXと米ボーイングが選ばれた。CRSでは16年に2期目の民間委託としてスペースX、オービタルATK、米シエラ・ネバダの3社と契約した。米国では民間による宇宙ビジネスは目指すものではなく、すでに現実のものだ。
NASAが民間に委託を推進してきた背景には、産業・民間企業の振興だけでなく、かねて問題となっていった財政問題の深刻化がある。恒常的な財政赤字に苦しむ米国では、NASAが抱える広範な宇宙開発テーマの全てを公的資金で賄うのは難しい。
一部報道などでは維持費が高額なISSの民間委譲も検討しているとされる。
米国におけるベンチャー企業の資金調達環境、産業振興を支える法制度の整備や規制緩和なども重要な点。膨大な数の特許を保有するNASAは、各拠点に技術移転やライセンシングなどを推進する機能を持ち、ポータルサイトで保有特許やライセンスできる技術を公開している。
宇宙ビジネスはリスクが高く、新規参入者の層も薄い。海外では宇宙を活用した新たなビジネスを見据えた法整備が進んでいる。日本も後れを取らぬよう体制作りを急ピッチで進める必要がある。
日本政府が策定した宇宙産業ビジョンでも、新ビジネスに対応した制度整備の重要性を指摘。宇宙資源探査への対応措置などの検討、新ビジネスのアイデアや事業の奨励・振興のための宇宙分野向けリスクマネー供給の拡大、アイデアコンテスト実施や事業化支援などを進めていく計画だ。
(2017/5/26 05:00)