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[ 医療・健康・食品 ]
(2017/7/25 12:30)
ワイン愛好家を魅了するためにコメを学ぶ
(ブルームバーグ)「2020年の東京五輪ではシャンパンではなく日本酒で乾杯したい」-。そんな思いが込められた南部美人(岩手県二戸市)の「あわさけスパークリング」が、利き酒イベント「SAKE COMPETITION(サケ・コンペティション)」に今年新設された発泡清酒部門で6月に1位に輝いた。6回目を迎えるイベント全体の出品数は1730点と、日本酒品評会としては世界有数の規模だ。
今月6日には同社の「特別純米酒」がロンドンで「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」の今年の日本酒部門最高賞「チャンピオン・サケ」を受賞した。IWCは34年の歴史を誇る世界最大規模のワイン品評会。07年に創設された日本酒部門の審査員はワインや日本酒の専門家で約半数を外国人が占める。
内外の品評会で快進撃を続ける南部美人の歩みは、7年連続で金額・数量とも過去最高を更新している日本酒の輸出拡大の道のりと重なる。
1902年創業の南部美人の五代目蔵元、久慈浩介社長(45)は高校時代に米国留学し、土産に持参した大吟醸酒のおいしさにホームステイ先のホストファーザーが感動し毎日飲む姿を見て、日本酒の魅力を世界に伝えたいと蔵元を継ぐことを決意。東京農業大学で醸造学を学んだ後、酒造りの道に入った。97年に全国約20社の酒造業者と日本酒輸出協会を立ち上げ、輸出に力を入れ始めた。
財務省の貿易統計によると、日本酒の輸出額は昨年約156億円と、20年前に比べ4倍に増加。米国向けは約33%、香港が約17%を占める。今月6日には日本政府と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)交渉で大枠合意し、日本酒に課されている100リットル当たり最大7.7ユーロ(約1000円)の関税撤廃が決まり、輸出に追い風が吹いている。
海外で日本酒を売り込むにはワイン用語を使って魅力を伝える必要があると久慈社長は考えている。「海外で日本酒を飲む人のほとんどはワインが好きで、ワインの物差しで日本酒を測る。だからテロワール(生育環境)やマリアージュ(相性)を重視する」-。
2001年、久慈社長はニューヨークでの試飲会で米国人ソムリエに原料の酒米について聞かれ、兵庫県産の「山田錦」を使っていると答えると、「地元産を使っていないのはテロワールに反する。ワインではそんなことはあり得ない」と指摘された。テロワールはフランス語で土壌や気候を含め、ワイン原料のブドウの生育環境を意味する。ワイン造りでは原料を含め地元の風土を生かす。
そこで、南部美人は岩手県で独自に開発された酒米「ぎんおとめ」の試験栽培を地元農家と協力して02年に開始。現在は生産量全体の約36%に相当する約19万3000リットルを3種の地元産酒米で製造している。
こうした動きを背景に、東北農政局は15年5-8月に「東北・日本酒テロワール・プロジェクト」を展開。農家と酒造業者の連携を深める情報交換を促進した。その後も吟醸酒や純米酒など付加価値の高い日本酒市場の拡大を酒米の消費増大につなげる取り組みが各地で続けられている。
地元農家の誇り
酒造業者による地元産酒米の利用拡大は、政府によるコメの生産調整(減反)廃止を来年に控える地元農家にとって励みになっている。二戸市の金田一営農組合は、南部美人向けのぎんおとめの契約栽培をきっかけに、耕作面積が少なく零細農家が多かった地域の農地を集積して12年前に法人化。現在は60歳以上の役員5人、20-30代の組合員10人が酒造業者との勉強会などを通じて品質向上に努めている。
五日市亮一組合長(60)は「IWCで受賞した酒にこの水田で育ったコメが使われていると思うと誇りを感じる。若い人たちの刺激になり生産意欲につながる」と話す。
飲み物と料理の組み合わせを意味するフランス語のマリアージュについては、13年の和食のユネスコ無形文化遺産登録を機に関心が高まった。同年には農林水産省が日本酒を含めたコメとコメの加工品の20年の輸出額を600億円とする目標を発表。折からの健康志向も手伝って海外にある日本食レストランの数(農水省調べ)は15年に約8万9000店と、06年に比べ3.7倍に増加し、日本酒の輸出拡大を後押しした。
マリアージュは和食と日本酒の組み合わせだけに限らない。フランス出身で日本在住16年のオリビエ・ユエット氏(45)は、「日本酒を飲むとフランス料理が心に浮かぶ」と話す。日本酒に魅せられ15年に「利き酒師」の資格を取得。6月末に都内で開いたイベントではテリーヌやチーズに合う純米酒を紹介した。母国ではフランス料理とも相性が良い大吟醸酒の人気が特に高く、日本からの輸出が増える余地は大いにあるとみている。
高級酒需要
南部美人の輸出限定の大吟醸10年古酒「フローズンビューティー」は、米ラスベガスのカジノホテルの日本食レストランで1本(720ミリリットル)約2000ドル(約22万2000円)で販売されている。メニューではフランス産高級ワイン、ロマネ・コンティなどと肩を並べ、一夜にして大金を手に入れた客が祝杯を挙げるという。値段の高い大吟醸酒を入荷したいという店側の要望に応え、冷蔵庫で眠っていた古酒の販売を08年に開始。今ではニューヨークや中東のドバイなどのレストランに年100本以上輸出している。
高級酒の需要が海外の富裕層を中心に高まっている理由について、久慈社長は「日本酒の価値を分かっている人が増え、選択の幅が広がったことの表れ」と説明する。こうした高級酒も含め、南部美人の昨年の海外売上高は全体の約15%に相当する約1億円で輸出先は34カ国に上る。久慈社長は売上高に占める輸出の割合を5-10年で30-40%とすることを目指している。
一方、国内では日本酒を取り巻く状況は厳しい。国税庁の資料によれば、1人当たりの酒類消費数量が減少する中、酒類全体に占める日本酒の販売数量の構成比率は1989年度の15.7%から2015年度には6.6%にまで低下。農水省によると、日本酒の全出荷量のうち輸出が占める割合は増えているものの16年時点で3.5%にすぎない。
日本酒造組合中央会が運営する日本の酒情報館の今田周三館長は、「国内では人口減と高齢化で売り上げが自然に増加する要素はないが、海外は市場の大きさが国内とは比べものにならず攻めがいがある」と指摘。「意欲的な酒造業者が輸出に力を入れる傾向はここ5-10年間に顕著になってきた。海外市場を最後のフロンティアと捉えて輸出に力を入れているのだろう」と分析する。
(2017/7/25 12:30)