[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/中選挙区制の”悪夢”を呼び戻すな

(2017/10/26 05:00)

 総選挙で安倍晋三政権が圧勝した。連立を組む公明党は議席を減らしたものの、自民党は横ばい。自民の有力区を中心に議員定数が10減ったことを考えると、実質的には議席増だ。

 この結果は、与党を応援してきた産業界のリーダーにとっても意外だったらしい。「内閣支持率が下がる中で、これだけの議席を得たのは記憶にない」と財界の有力企業トップ。続けて「喜ばしいけど、安倍さん(晋三首相)には、ちゃんと財政再建もやってもらわないとなあ」と話す。”勘違いされたら困る”という当惑が読み取れる。

 自民圧勝の最大の理由は小選挙区制だ。野党が分裂し、対立候補の得票がまとまらなくなるほど与党候補は有利。主義主張の異なる政党でも、政権打倒という目標だけを旗印に”野合”しなければ議席を獲得できないのが小選挙区制である。

 ネット世論を観ていると、この小選挙区制を問題視する声が少なくない。死票が多く、与党が永久政権化する懸念は古くから指摘されてきた。今回の総選挙で公明党が議席を減らしたことで、政権内部にも不満が台頭してくるかもしれない。

 確かに小選挙区導入以前の中選挙区の方が、死票が少なく多様な民意を反映しやすい。候補者も多いし、選挙区内の与党候補も互いに切磋琢磨する。有権者が投票する時にも選択肢が広がる。一見すればいい制度のように思える。

 しかし、かつての中選挙区には多大なデメリットがあった。そもそも自民党の派閥は、中選挙区から育った。同じ選挙区で争う与党候補は、党執行部の指示よりも自分を応援してくれる派閥のボスの指示に従う。

 中選挙区はまた、利権に結びつきやすい組織選挙の温床でもあった。選挙区が広いほど、組織票の投票は力を持つ。最も代表的な全国レベルの集票組織として、かつての郵政省の特定郵便局があった。公務員同等の待遇と「渡し切り経費」の使用を認められた郵便局長を、特定の与党派閥が選挙マシーンとして活用し、陰の実力者であるキングメーカーとして長きにわたり君臨した。こうした事実を忘れてはいけない。

 選挙制度改革は、それなりに合理的に過去のしがらみを断ち切る形で進んできた。小選挙区で派閥は力を失った。かつて小泉純一郎首相が「自民党をぶっ壊す」と執念を燃やした郵政改革は、有力な支持母体を破壊して組織選挙をやめるためのものだった。

 これまでの選挙制度改革で、与野党とも執行部の力は増し、議員に対する締め付けも厳しくなった。党のトップに対立する勢力も力が持ちにくい。安倍首相が時に強引な政権運営をするのは、こうした環境があるからだ。しかし与党内の選挙で選ばれた党首が力を持つことは、なぜ権力を握っているのか分からない派閥のボス主導の政治より、よほど合理的であろう。

 そもそも民主主義とは多様な意見を集約し、最後は51対49で意思決定するものだ。7-8割の民意がまとまるまで待つこともあるだろうが、現代の国際社会のスピードについていけない。時には、強引な政権運営も必要だろう。中選挙区で多様な野党が増えれば政府は動きにくくなる。政府の意思決定のスピードを制約するのは、国会の議場での牛歩戦術の愚かさと変わらない。

 一部の有権者の小選挙区への不満が、中選挙区の悪夢を呼び戻すようではいけない。ただ政府の意思決定が民意に添うかどうかは、しっかり監視していく必要がある。

(加藤正史)

(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)

(2017/10/26 05:00)

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