[ オピニオン ]
(2017/11/2 05:00)
先月、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで開かれた「第44回技能五輪国際大会」で中国がわずか4回目の挑戦で15個の金メダルを獲得、王者・韓国の5連覇を阻止したのには驚いた。22歳以下の若手技能者が世界一の技を競う技能のオリンピックだ。
日刊工業新聞は2010年10月18日付の1面トップで「中国、技能五輪に参戦」をスクープした。その記事は、中国が来年10月からロンドンで開かれる「第41回技能五輪国際大会」に参加する見通しとなった。世界の工場、世界2位の経済大国が確実になった中国がモノづくりを支える技能者育成でも本格的に取り組む象徴と言え、日本のお家芸である『技能のオリンピック』でも新たなライバルが出現することになりそうだ、という内容だったが、その危惧(きぐ)が現実のものとなった。
かつての日本を思わせる経済発展を続ける中国のアキレス腱は高度技能者の不足だ。04年に教育部が5年以内の30万人の技能者育成を決めたのに続き、翌05年には国務院が全国人材会議と全国職業教育会議で高度技能者の育成を取り上げた。
06年5月には中国共産党中央官房と国務院官房が報告書で「第11期五カ年計画」の末期までに技能者全体の高級レベルの割合を25%までに引き上げることを目標にし、最近では技能五輪メダリストを輩出してきた日本企業への視察も頻繁に行われていた。
技能五輪国際大会は2年に1度、奇数年に開催される。第二次世界大戦で世界が荒廃した1950年、スペインと隣国ポルトガルとの間で各12人の選手が復興を誓って技能を競ったことが始まりだ。日本は1962年の「第11回スペイン・ヒホン大会」から参加。以後、第20回大会まで金メダル獲得数1位が6回、2位が4回と世界を圧倒した。
特に70年の第19回大会は地元・東京開催の有利さもあって金メダル獲得は17職種に及び「メード・イン・ジャパン」の名を不動のものにし、高度成長の原動力になった。 現在、経営危機にある東芝だが、高度成長期真っ直中の1963年から始まった技能五輪全国大会で「旋盤」「フライス盤」などで好成績を挙げ、国際大会でも数々のメダリストを輩出した。65年に封切られた松竹映画『アンコ椿は恋の花』の主人公は東芝府中の技能五輪選手だった。
しかし、東芝が技能五輪から撤退した80年代から90年代にかけて、日本は韓国や台湾の後塵を拝するようになった。このころから国際競争力も低下し、バブル崩壊で「失われた20年」が始まるのは偶然ではあるまい。技能五輪の成績とその国の経済成長、国際競争力とは相関関係がみられる。この間の日本のモノづくりの凋落は、経営者が、開発者と現場を熟知する技能者とで『すり合わせ』する日本のモノづくりの原点を忘れていたためだった。
日本は静岡県で行われた2007年の国際大会では世界トップの金メダル16個を獲得。モノづくりニッポン復活にわいたが、その後の大会では韓国や欧州の技能国家・スイスの巻き返し、ブラジル、ロシアの台頭で苦戦が続いた。
今回のアブダビ大会でも日本勢は金メダル3個と9位に沈んだ。日本が金5個を下回ったのは01年の韓国・ソウル大会以来。「情報ネットワーク施工」で7連覇を果たし、「メカトロニクス」で3大会ぶりの金メダルを獲得したものの、いずれの種目も中国が同率で金メダルを獲得した。
金メダル数で韓国は3位、台湾は7位と日本を上回り、ブラジル、ロシアの「BRICs」勢もそれぞれ4位、5位に食い込んだ。韓国政府は技能五輪メダリストに数百万円の特別ボーナスや兵役免除の特典を与え、サムスン、現代など大企業への就職あっせんも行う。かたや日本は選手の育成も企業任せだ。大会に出場する選手や指導者、関係者の旅費や宿泊費も手弁当。
大会期間中に開かれた総会で21年の第46回大会の開催が中国・上海に決まり、中国共産党大会開催中だった習近平国家主席はアブダビ大会に自国開催に歓迎のビデオメッセージを送った。
23年大会には愛知県が開催地に立候補している。愛知県はアブダビ大会でも活躍したトヨタ自動車、デンソー、トヨタ紡績の本拠地だが、企業の努力だけではスポーツのオリンピックと同様に国を挙げて選手育成に取り組む中国や韓国、技能者に高い社会的評価を与える欧州勢、経済成長に勢いがあるBRICs勢にはもはや勝てまい。
日本勢の不振の原因として「木型」「曲げ板金」「時計修理」などモノづくり系種目が廃止され、新職種として「重機メンテナンス」や「航空機整備」「貨物輸送」「3Dデジタルアート」などサービス系職種が増えていることもある。日本はこれらの職種に選手を派遣していない。
政府が成長戦略に人材育成を掲げるならば、スポーツのオリンピックと同様、国家プロジェクトとして技能人材の育成支援に取り組むべきだ。
(八木沢徹)
(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)
(2017/11/2 05:00)