[ ロボット ]

【ロボット新潮流! vol.1】東京大学大学院・松尾豊 特任准教授インタビュー(上)- 経済産業省 METI Journal

(2017/11/7 18:00)

  • 東京大学大学院工学研究科特任准教授の松尾豊氏

「フライングでも進めないとビジネスでは勝てない」 

ロボットとともに働き、ともに生活する―。そんな世界が急速に近づいてきた。ディープラーニング(深層学習)で画像認識精度が向上し、ロボットが“目”を獲得したように、人工知能(AI)技術がロボットの開発戦略を大きく変えた。第1回目は、東京大学特任准教授の松尾豊さんのインタビュー。ロボットの新潮流を見据え、日本企業はどう戦っていけばいいのか語ってもらった。

ロボットの目が見えるように

―AI技術の進化はロボットにどんな影響を与えますか。

 「簡単に言うと、ロボットは目が見えるようになった。2015年にディープラーニングで画像認識の精度が人間を超えた。モノを認識してつかんだり、操作したり、作業ができるようになる。これまでのロボットは目が見えない状態で、単純な動作を繰り返していただけだ。それでも失敗しなかったのは人間が周辺の環境を整えていたからだ。工場の生産ラインでは必ず特定の場所に、決まった部品が配置される。ロボットは作業の対象が何であるかわからなくてもいい。同じ動きを繰り返すだけで作業が成り立つ」

「反対に、周辺環境を整えられない場所ではロボットは役に立たなかった。未知の環境では歩くこともできない。目ができたことで、人間が周辺環境をお膳立てしなくても、ロボットが働けるようになる。また人間が目で見て判断しながらやらないといけなかった作業がロボット化できるようになる。食品工場での食材加工や物流倉庫での商品仕分けなど、扱う対象が頻繁に変わる作業にロボットを導入できる。こうした現場は人手不足で困っておりロボットの普及は進むだろう」

  • 「家電市場は倍以上に。どのようにビジネスとして切り取るか競争が始まっている」(松尾さん)

―身近な例を挙げるといかがでしょう。

 「洗濯機や電子レンジ、冷蔵庫など、家電は多くの作業を機械化してきた。ただ衣類を洗濯機に入れる、食材を冷蔵庫に入れる、食材を取り出して料理するといった作業はまだ人間が行っている。これは機械が見て認識できなかったためだ。片付けや料理は昔からロボットの実用例とされてきた。目ができ、技術的にはできるようになった。家電市場は倍以上に増えるだろう。どのようにビジネスとして切り取るか競争が始まっている」

すべてはタイミング

―画像認識AIの人間越えは2015年です。2年がたち機は熟しましたか。

 「ITがそうであるように、すべてはタイミングだ。情報検索の技術は60年-70年代から、ずっと開発されていたがインターネットの普及で広がった。動画配信技術も90年代には開発されていたが、ブロードバンドが普及し、ユーチューブが2000年代に広がった。現在、医療画像診断やセキュリティーの顔認証では人間を超えている。画像だけで完結するサービスは産業界で実用化が進んでいる。ロボットへの応用はコストの問題もあり時間がかかっているが、日本企業は得意なはずだ」

 ―米グーグルがロボットで80万回、モノをつかむ作業を繰り返して、ピッキングをAIに学習させました。80万回を多いと考えるかどうか。ロボットにAIを応用する技術課題は何でしょう。

 「大量データのディープラーニングと強化学習を組み合わせて『深層強化学習』が実現したとはいうものの、まだ強化学習が未成熟で何十万回も繰り返しデータを集めないといけない。強化学習において事前学習として次元削減の技術がきちんとできていないのが原因だが、今後大きく変わるはずで、そうなれば状況は一変するだろう。また、シミュレーション技術が重要になっている。コンピューターの中でシミュレーションできれば実際にロボットが繰り返さなくても大量のデータを増幅できる。囲碁AIが自己対局でデータを増やしたことと同じだ。ただシミュレーションは何を再現すればシミュレーションしたことになるのか難しく、学術的にも面白いところだ。日本の企業は各技術が成熟するのを待たず、すぐに着手した方が良い。フライングでも進めないとビジネスでは勝てない」

  • 「日本の企業は各技術が成熟するのを待たず、すぐに着手した方が良い」(松尾さん)

ベンチャー、大企業連携が一つのモデル

―ハードウエア開発はベンチャーには荷が重いとされます。AIロボットは大企業に有利な市場ではありませんか。

 「確かにハードウエアは製造技術など、要素のすり合わせが多く、ベンチャーだけでやるのは厳しい。AIに強いベンチャーとモノづくり系の大企業の連携が一つのモデルになる。AI技術の進化は速く、ベンチャーのように即応できないとついていけない。ベンチャー側が売り上げを立てて、大企業との交渉力を持ち続ける必要がある。できなければ大企業は抱え込もうとする。イスラエル・モービルアイ(自動運転用画像認識VB)が米インテルに買収されたように、ベンチャーが特定の企業に依存しないように取引を分散させるなど戦略が要る。日本にもファナックとプリファードネットワークスの協業など先行例はある。ただ数が足りない。今後、成功例が増えていってほしい」

 「投資のあり方も変えないといけない。これまで製造業は生産設備や製品に投資してきた。これからデータと人に投資することになる。データはそのまま競争力に直結する。データをAIに学習させると精度が上がり、できる機能も増えていく。データが直接サービスの質を向上させる。検索が良い例で、AIのアルゴリズムだけが優れていても、それを支えるデータがなければ学習できない。アルゴリズムはコピーできても、データが生成され続ける仕組みはマネできない。優れたサービスはユーザーを増やし、学習データも増やす。ユーザーが増えると新しい機能やサービスを試すテスト環境も豊かになり、新サービスを素早く実装できる。この好循環が回り出すと後続組は追いつけなくなる」

 「製造業は製造技術やノウハウで製品の質を高めてきた。今後はモノづくりのノウハウを持っていても、データがなければ競争に参加できなくなる。対策はいち早く製品を出すことだ。医療画像へのAI応用は米FDAで出てきている。画像認識AIの競争はもう終盤。次は機械系だ」

 ―データはプライバシー問題があります。AIスピーカーの普及が期待されていますが、データ収集端末になれるかどうか。

 「おもてなしとプライバシーは表裏一体だ。旅館や料亭の仲居さんも気を回すために、お客の個人情報を知っているが、お客に信頼されている。プライバシーは日本的な方法で解決したいところだ。半分冗談だが、人の顔をアニメや動物の顔にするだけで人はなごむ。画像認識などAIのアルゴリズムは顔の写真がそのまま必要なわけではない。機械的に抽象化した情報があれば十分だ。マーケティングではデータから個人を特定したいのではなく、振る舞いを予想したいだけだ。商品選びが他の人と似ているか、次にどんな商品を求めるか推定して先回りできればいい。顔や自身が調べられると不快だという感情には、日本なりの解決策を見つけたい」

次ページ「良質なデータ集まるビジネスモデルを」

【略歴】

 松尾豊(まつお・ゆたか)1997年(平成9年)東京大学工学部電子情報工学科卒、2002年同大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。博士(工学)。同年より独立行政法人産業技術総合研究所研究員、2005年よりスタンフォード大学客員研究員、2007年より東京大学大学院工学系研究科准教授、2014年より同特任准教授(現職)。2015年より産業技術総合研究所人工知能研究センター企画チーム長(現職)、2017年より日本ディープラーニング協会理事長(現職)を兼任。専門は人工知能。

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ロボット新潮流! バックナンバー

vol.1 東京大学大学院・松尾豊 特任准教授インタビュー(2017/11/7)

vol.2 ロボットベンチャー、百花繚乱(2017/11/10)

vol.3 ロボットが支える介護現場(2017/11/13)

vol.4 物流の世界がロボットの主戦場に?(2017/11/17)

vol.5 同僚がロボットの時代に(2017/11/21)

vol.6 GROOVE X・林要代表取締役インタビュー(2017/11/24)

vol.7 ロボットデザインの今(2017/11/27)

vol.8 産業用ロボットへの期待、さらに高まる(2017/11/28)

vol.9 Mission ARM Japan・近藤玄大理事インタビュー(2017/11/29)

vol.10 ロボットクリエーター・高橋智隆氏インタビュー(2017/12/01)

(2017/11/7 18:00)

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