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(2018/6/10 07:00)
彼の名は「さかい三十郎」。正義感にあふれた庶民派である。そんな彼が出張時に出会ったノンフィクションのハプニングを「小さな事件簿」としてつづったのが本連載である。
「本当にそんなことが新幹線内で起こるの?信じられないなぁ…」との思いで読まれる方も多いかもしれないが、すべてノンフィクション(事実)なのである。彼の大好きな「映画の話」もちりばめてあるので、思い浮かべていただければ幸いである。
それでは車内で遭遇した事件簿の数々をご紹介させていただく。
* *
おばあさんが転んだ!おみやげが飛散する、悲惨な状況に!
新大阪駅・新幹線プラットホーム階段付近でのこと。広島まで2人掛けシートで移動しようと考え、京都駅から乗車したひかり号を新大阪で下車し、「ウエストひかり号発着プラットホーム」へと駆け上がった。駅員のホイッスルが鳴り響く。
乗車口には親子連れが待っていた。35歳前後の赤ちゃんを抱いた母親と、5歳くらいと思える女の子がドア口を塞いでいた。三十郎が入ろうとすると、階段下部にいる人に向かい、名を呼び、いや叫んでいた。
母親「お母さん、早くして、発車するよ!」
子供「おばあちゃん、頑張って!」
三十郎も振り返り、階段下の状況を確認した。と、そこには思わぬ状況が展開されていた。おばあさんはつまずき、風呂敷が解け、おみやげ類が飛散していた。飛散ならぬ悲惨な状況だ。
駅員はドア口の2人に駆け寄り、早く乗車するよう指示した。そして、彼は階段の状況を見つめ唖然とした。
先に三十郎が駆け降り、奈良漬、柿の葉寿司を手に取り、おばあさんの風呂敷に戻すところであった。駅員も駆け寄り、収めるのを手助けしながら叫んだ。
「お客さん、もう間に合いませんヨ!」
三十郎は駅員に合図した。
「俺はおばあさんをおぶるから、お前は荷物を持ってこい!」
おばあちゃんを背負い、階段を上り、2人が待つドア口から進入した。駅員も続き、荷物を母親に手渡した。プラットホームにいる見送りの人々は何事が起こったのか、不安げに見つめていた。そして、他の係員は駆け寄りながら、ドア締めの合図を送った。
思わぬ恩返し、忘れられない柿の葉寿司の味
ドアが締まり、母親がお礼を伝えようとしているその時、また事件が起こった。三十郎はガラス越しに駅員の足元に合図を送った。
「俺のカバンだ! 拾ってくれ!」
三十郎の大事なサムソナイト鞄が、プラットホームに立ち尽くしていた。ウエストひかり号は速度を増すことなく、徐行速度を維持し、発車していた。三十郎は窓越しに、カバンの行方を見つめていた。
やがて安堵を覚えながら、プラットホーム上の状況を見つめ、後方車両へと早足で向かった。後方プラットホームで、駅員が最後尾車両の車掌にカバンを手渡すのが確認されたからである。後方車両で待機し、車掌が出てくるのを待った。
車掌「お客さん、無茶なことをしては困ります。事故になったら……」
三十郎「すみません」
平身低頭でカバンを受け取ろうとしたが、まだ説教は続きそうであった。と、そこに件の母親が追いついてきた。
母親「この人は私たちを助けてくれたのです。母を助けてくれた人です」
追及はそこで終わり、カバンを受け取り席につくと、車内放送が流れた。
「急病人対応のため、新大阪駅を2分遅れで発車しました。次の岡山駅到着までに取り戻し、定刻到着の予定です」
サムソナイト鞄から資料を取り、昼からの段取りを確認していると、子供がやって来た。三十郎の顔を見つけ微笑んだ。
子供「おじさんありがとう。これどうぞ」
手渡されたのは柿の葉寿司であった。その美味さは未だに忘れることができない。
事件始末記
人助けをすることは良いことである。だが、失敗した場面も頭をよぎる……。
落語でこんなのがある。
横断歩道間際で立ちすくんでいるおばあさんを見つけた若者は、見かねて背負い、向こう側まで送った。そのおばあさんの一言。
「ようやく向こう岸にたどり着いたところだったのに…」
若者の助けは仇になったのである。
ある時、三十郎は車内座席で荷物を膝に抱き、ため息をつくおばあさんを発見した。あれでは上部棚に手が届かないと判断した三十郎は駆け寄り、すかさず上部の棚に置いてあげた。すかさず、おばあさんの一言。
「私はねぇ、ようやく荷物を降ろして、下車準備を始めたところだったのよ」
人助けもほどほどにしよう…と考えている、この頃である。
(雑誌「型技術」三十郎・旅日記から電子版向けに編集)
(2018/6/10 07:00)