(2020/12/16 05:00)
モノづくり日本会議は10月30日、都内でAI研究会・第1回勉強会を、会場でのリアルな聴講とウェブ配信との「ハイブリッド」で開催した。第3次ブームとされる人工知能(AI)の研究・導入の現状や、モノづくりへの活用の可能性について、研究者や、ビジネスとしての観点などから解説・議論した。
機械学習で第3次ブーム
国立情報学研究所教授 総合研究大学院大学教授 東京工業大学特定教授 山田誠二氏
AIを定義する上で、人間並みの知的な処理を「コンピューター上に」実現するという点は譲れない。コンピューターで実現するというのは、AIの場合、ソフトウエア的に実現するということ。プログラムを抽象化して、手続きだけを取り出したものがアルゴリズムだ。
1956年に米国で開かれたダートマス会議でAIの概念の議論が始まったと歴史的には見られている。そこから約60年がたち、AIは本当にきれいに20年ごとに3回ブームが来た。60年代が第1次ブームで、今はやっているディープラーニング(深層学習)と言われる、ニューラルネットワークの手法の基礎になるアルゴリズム「パーセプトロン」が既に世に出ていた。
次に70年代後半から80年代にかけて第2次ブームが盛り上がった。記号処理などが注目され、人間の専門家と同じことができるような「エキスパートシステム」についての取り組みが進んだ。しかし、例えば医師の診断といったものは非常に論理的と思われるが、インタビューしてみるといわゆる暗黙知の部分が多い。これがルールとして書けないとエキスパートシステムが作れないのではないか、ということになり、ブームも衰退していった。
【脳を模倣】
15年ほど冬の時代が続いたが、2008年頃からディープラーニングが出てきて旗色が変わった。これが実際に役立つようになったのは、計算機が安価で速くなったことと、ビッグデータが使えるようになったことが大きい。特に画像データが扱いやすくなった。極論すると、アルゴリズム的にはそれほどのイノベーションはなかったが、データが増えて計算も速くなり、機械学習の一つであるディープラーニングの性能が出るようになったのだ。
機械学習が第3次ブームをけん引していることには異論がないだろうが、ディープラーニングにしてもAI全体の研究の一部でしかない。機械学習の中で一番よく研究されているのが「(教師あり)分類学習」だ。これは正解を教えてくれる先生がいるということで、正解のラベルが付いたデータをAIに入力して機械学習のアルゴリズムに加えると、プログラムとなる。
機械学習には二つの流れがあり、一つは統計的機械学習で、もう一つはニューラルネットワークだ。ニューラルネッワークはいわば人間の脳を模倣しようとするもの。脳には神経細胞が100億個とかあって電気信号が流れる。その組み合わせで複雑な計算ができる、という考え方だ。
AIには得意分野と不得意分野がある。得意分野は、複雑であっても静的で閉じた世界。例えばゲームや屋内環境などだ。工場もそうで、ロボットが応用されているのは室内だ。それに対し不得意なのは動的でオープンな世界。物理的には屋外がそうで、自動運転のレベル5が難しいということがわかる。また、見落としがちだがAIには常識がない。常識がゼロの人間はいないし、例えば物理的常識についても学習していくものだが、AIは自分では進化していかない。社会的常識についても同様で、AIが学習しにくいものの一つだ。
【医療に応用】
現状では医療・ヘルスケアを中心にAIの応用は進んでいる。ポリープの判定など人間の目視では大変な作業で、これをAIで補っている。
また、人間とうまく協調していけるAIとはどういうものか、私たちのグループも一生懸命研究している。例えばロボットが作業を間違えて失敗した際、ちょっと「困ったな」といった表情を出すようにしてみる。これだけで人間の対応は変わる。たまには間違えることもある、と同情してくれる。今までのAI研究では無視されてきたが、そんなところが実は非常に重要だ。
経験・事例に基づく業務へのAI導入の進め方
構造計画研究所IoEビジネス部知能情報工学室室長 滝勇太氏
データ活用に着目し、AIなどの技術を使って顧客のお手伝いをしている。近年では特にAIを使った工場の生産設備の異常検知といった仕事が増えている。
【内製化の動き】
昨年のものづくり白書を振り返ると、データ収集やAI活用などに関してまとめられていた。そこでは日本の製造業はIoT(モノのインターネット)やAI技術などへの取り組みが弱いのではないか、AIを導入する際には外部との連携が必要ではないか、と取り上げられていた。現在の私の実感は、AI導入を内製化しようという会社が増えつつあると思う。また、データ活用については、取ったデータで何ができるのかわからない、といった悩みを抱えているところも多いようだ。
理想的なAIの開発、導入体制としては、工場のベテランの技術者と、いわゆるIT部門・情報システム部門が協力し、ちょっと難しい部分についてはスキルを持ったところに外注する、といった形が良いのではないか。当社はAI関係のシステム導入を手伝う立場だが、システムを顧客企業の中で組み上げる部門とも、現場とも、距離を置くべきではないと考えている。
一口にAI導入と言っても、どんな技術をどこに導入していくべきかを、戦略的に考えなければならない。やはり人とAIとのインターフェースは重要で、どれだけ精度の良いものを作り上げても、結局現場の方々の理解が得られないと使ってもらえない。当社の事例から、課題解決の進め方を紹介する。
【現場との協力】
まず自動車メーカーの工場の、ロボットアームの異常検知に取り組んだ例だ。装置が停止しないよう、異常検知に機械学習も使うのだが、「見逃し」と「誤検知」はトレードオフの関係にある。これらの精度について現場に納得してもらえるバランスが必要だ。
モノづくりの現場とAI分野にいる方々との言語や専門用語の違い、運用に関する思想の違いも感じた。経験豊富な技術者を初期から巻き込むことで導入がスムーズになる。
このほか、製品にシリアル番号が刻印される現場での生産管理のための画像認識や、これまでの失敗も含めたナレッジを活用するテキスト分析など、さまざまな事例がある。当社はAIを売るだけでなく、AIを使うべきところはどこか、AI以外だとしたら何が良いのかといった相談から始めている。
海外と日本の医療AIの状況と事例と今後
ログビー代表取締役 松田敦義氏
医療AIの状況や今後、そして自社の取り組みなどについてお話しする。2015年創業の当社はAIとITを活用して、主に医療製薬業界に向けた複雑な業務プロセスの効率化に取り組んでいる。
医療とAIは本質的に相性が良い。24時間稼働可能で、医師と違い体調などによる変動もない。データが多いほど精度が良い傾向にあるので、人口が多い国の方が有利だ。中国とインドが圧倒的に人口が多いのに対し、日本は今後人口が減ってしまう。そこをどう補うか課題は多い。
【米中が先行】
海外では米国や中国のビッグカンパニーが、資金、人材、データをたくさん持ち、医療AIに取り組んでいる。米国の“GAFA”は、まずグーグルが10年から20年後を視野に入れ展開している。クラウドを医療機関に提供していくと予想され、AIを活用した治療計画、検査の推奨、異常検知などが考えられる。アマゾンは音声インターフェース「アレクサ」を使った病院内の業務支援に取り組んでいるし、フェイスブックの特徴は莫大(ばくだい)なユーザーがいることで、保健機関と提携して健康診断や検査のリマインダーを提供するなど、保険会社とも連動したサービスを今後展開するだろう。アップルはアップルウオッチやアイフォーンといったハードウエアを使った消費者中心のヘルスケアのプラットフォームが思い浮かぶ。
中国のIT戦略はやはり国家が介入し、国内IT企業を育てている。アリババは、がんの早期画像診断などにAIを実証済みだ。地域の感染症を予測するソリューションも、医療機関や政府に提供している。ファーウェイもウエアラブルな機器を習慣記録や、健康状態の監視などに使っているようだ。
日本ではNECが電子カルテの提供の他、海外ベンチャーと組んだAI創薬にも取り組んでいる。日立製作所はMRIなど自社の医療機器に、画像AIを搭載していく。
【創薬に活用】
創薬へのAI活用も、各国の製薬大手がベンチャーと組み進めている。物性の探索などが圧倒的に早くなり、データが集まると、保険業界との連携も進む。医療AIのスタートアップはどんどん増えるだろう。
当社はいわゆる巨人とは戦わず、特定の業務支援に特化して、アプリケーションプレーヤーとして勝負する。創薬AIについてはバイオベンチャーとのパートナーシップも結ぶ。大学や医療機関などと連携して症例を集め、詳細な疾病予測モデルも開発していく。
(2020/12/16 05:00)