(2021/3/8 05:00)
新型コロナウイルス感染症拡大は経営者の意識を大きく変えた。「コロナ禍は利益至上を見直す契機」「人が幸せに感じる働きやすい会社の実現」など、日本の経営者は口をそろえて「人の幸せ」を目的に据えた経営を目指し始めた。また、気候変動や経済格差など社会問題が顕在化する中、環境や社会への貢献を意識した企業経営が一層求められている。ここではコロナ禍の影響を踏まえたESG(環境・社会・企業統治)・SDGs経営の動向について紹介したい。
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 大森充
高まるESG・SDGsの重要性
2015年に世界197カ国が採択した国連の持続可能な開発目標(SDGs)は、日本政府や自治体、民間企業など多くの機関において知られる存在となった。東京では背広にバッジをつけているビジネスマンも多く、市民権を得たといってもよい。
実は、国連が採択した文書はSDGsというタイトルではないことをご存じだろうか。採択した文書名は「Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development(我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)」であり、世界が約束したのは「変革する」ことにある。
温室効果ガス(GHG)を起因とした気候変動は近年激しさを増し、地球環境への大きな打撃が見受けられるが、このような状況を30年までに変革しないことには持続可能な社会を実現できない。
つまり現状維持ではなく、構造的な変革を世界197カ国が約束しなければならないほど事態は深刻化している。この事態を国連は「SDGs達成にむけて取り組む企業にESG投資が集中する」というエコシステムにより変革しようとしている。このエコシステムにおいて企業が成長し続けるためにはESGやSDGsといったサステナビリティーの要素を経営戦略に組み込む必要がある。
コロナ禍のESG・SDGsへの影響
20年は新型コロナが先進国を中心に全世界で猛威を振るった年であるが、ESG投資が伸長した年でもある。医療従事者が「世のため、人のため」に最善を尽くす中、富をもった個人投資家の多くが外出自粛中にESG投資をした結果であった。
またコロナ禍はSDGsを捉えなおす契機にもなった。日本で1回目の緊急事態宣言が発出された20年4月から5月の1カ月は、全世界で経済が止まった期間でもあった。結果、GHG排出量が下がったこともあり、インド北部では数十年ぶりにヒマラヤ山脈を一望できるほど大気汚染が改善した。
加えて、「三密回避によるステイホーム」は出社する文化が根強い日本において、テレワークを大きく推進する結果となり、働き方の柔軟性が飛躍的に向上した。
他方で大きく後退したのが、経済と雇用である。世界的に失業率が高まり、雇用喪失から貧困や飢餓を拡大することにもつながった。コロナ禍は経済と環境、社会を見直し、新たな資本主義のあり方を再考するきっかけにもなった。
製造業におけるESG・SDGs経営の実践
製造業においてSDGsに貢献することの主眼は「脱炭素社会の実現」と「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」である。20年10月に菅内閣が発足し、50年までにカーボンニュートラルの実現を宣言した。
これまでパリ協定に準じ、50年に向けた環境ビジョンを設ける企業も少なくなかったが、この宣言により、二酸化炭素(CO2)排出量の削減目標を前倒しにし、新たにカーボンニュートラルを目指す企業も増えた。
日本のCO2総排出量(間接排出量)のうち、製造業が占める割合は約30%を超えており、脱炭素化の責任は大きい。製造業が脱炭素化するためには、再エネなどの電源の脱炭素化、非電力の電化、CO2を回収/貯留するネガティブエミッション技術の導入、省エネ化のアプローチが考えられる。
またデジタル技術を活用した製造・生産効率の向上は、省エネとなることからDXも重要な施策となる。菅内閣によるグリーン成長戦略の中でも、電化社会に向けたデジタルインフラの強化を掲げており、DXの重要性を訴えている。
企業においてもこれらを意識した取り組みが進みつつある。例えば、「省・小・精の価値」というビジョンを持つ大手製造業のセイコーエプソンは20年に700億円をグリーンボンドで調達し、自社工場の太陽光発電設備や環境配慮型商品の開発を強化している。同社の小型のスカラロボットは省エネ・省資源を実現するため、顧客の「脱炭素化」と「DX」を同時に実現する商品といえる。
このようにESG投資家から資金を調達し、SDGs達成にむけたプロダクトやサービスを生み出すことが、ESG・SDGs経営の実践としてより求められる傾向にある。持続可能な社会の実現に向けて価値創造できる企業への変革を期待したい。
【2/26付 本紙第二部「地球環境特集」】持続可能な未来へ
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2020年10月、菅首相は就任後の所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げました。経団連も6月より脱炭素社会に向けた活動「チャレンジ・ゼロ」をスタートさせており、企業のイノベーションを後押しし、投資を働きかけています。
本特集においては、2050年CO2排出ゼロの達成に向かう産業界の取り組みを中心に、SDGsとビジネスの関わり方を紹介します。⇒ スマートフォンでご覧の方はこちらから紙面PDFをご覧いただけます
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(2021/3/8 05:00)