(2022/2/10 05:00)
「津波堆積物調査」とは、津波によって陸に打ち上げられた海由来の堆積物を探し、過去の地震痕跡について科学的証拠をもって証明する地質調査を指す。ボーリング調査のイメージに近いが、地中から“層を静かにそっと抜き取る”イメージである。掘削した地質試料の堆積構造がとにかく大事で、その堆積構造が当時の津波の挙動を私たち研究者に教えてくれる。こうしたデータが礎となり、ハザードマップなどの災害対策資料や防災教育へと展開されている。
東京大学 地域未来社会連携研究機構 特任助教 五島朋子
津波堆積物から読み解く地震の記録
採取された地質試料はさまざまな分析が行われる。1センチメートル刻みの微化石分析、粒度分析、堆積年代の測定など、時間と労力が大いにかかる。それでも顕微鏡でキラキラと輝く星空のような堆積物の中から、海生微化石を見つけた時の感動のとりこになり、筆者が研究をやめられない理由となっている。
目星をつけた堆積物が海由来であるという紛れもない証拠は、堆積物中に海生の化石が存在したり、化学組成によって土壌が陸域のものと明瞭に区別できることによる。津波によって形成された堆積物であると証明されれば、堆積年代が地震の発生年代ということになり、歴史資料にも書き残されていない大昔の地震記録が災害史に書き加えられる。
地震の襲来間隔は数百年から数千年にわたるので、できるだけ幅広い年代の記録がある調査フィールドが必要で、津波堆積物調査が大変有用な地質学的調査であるゆえんである。
海岸平野とリアス式海岸の堆積様式の違い
津波堆積物調査には、解決しなければならない問題があった。2011年の東北地方太平洋沖地震以前は、主に仙台平野などの海岸平野といわれる地形で調査が行われていた。そのため三陸海岸など崖の切り立ったリアス海岸では、その地形の特徴から津波堆積物は保存されていないと考えられていた。
実際、沿岸湖沼など静かな堆積環境でない限り、陸に打ち上げられた堆積物の痕跡はその後の風化によって失われてしまう。筆者の研究の大きな転機となったのは、北海道大学の平川一臣名誉教授と三陸沿岸を巡検した際に、海岸平野で見てきた砂質の津波堆積物と異なる、礫(れき)に富んだ津波堆積物を三陸海岸で目にしたことだった。
礫を多く含む堆積物は、上流からの土石流や洪水時にも形成されるため、津波堆積物との区別がとても難しい。三陸沿岸で観察された礫質津波堆積物の形成過程については、それまでほとんど議論されてこなかったが、博士論文のテーマとして研究を始めることになった。
まず三陸海岸に残されていた東北地方太平洋沖地震によって形成された津波堆積物の構成粒子から調べることにした。津波堆積物を2ミリメートルのふるいにかけ、礫だけを取り出し、すべての粒の岩石の種類と円磨度、球形度を調べてメモした。その数、千数百個。
その結果、三陸海岸の津波堆積物に含まれる粒子は3種類に大きく分けられ、①海岸の円礫②河川の亜角礫(ややとがった礫)③崖錐(崖肌に堆積したとがった礫)であった。
結果的に、東北地方太平洋沖地震の際に形成された津波堆積物の特徴をつかむことができたので、その後ボーリング調査を行い、深度6メートル弱から17層の津波堆積物を発掘した。紀元前から、約2000年間の地震の記録であった。このように、研究者たちが見つけ出した地震の記録の社会的意義は、次に述べるハザードマップ作成にも生かされている。
ハザードマップ、防災教育へ展開
地震大国と言われる日本だけに、地震にこんなにも敏感でかつ対策を講じようとする国は他にない。国をあげての危機管理体制も自国ならではだ。例えば、地震や津波の研究者らの努力で築き上げられた基礎資料により、国は地震・津波の想定を行う。
ここで、ハザードマップほど読み解くことが難しい資料はないということを申し上げたい。住民の方が、2次元(平面)マップから、頭の中で3次元の情報のイメージに変換し、それを避難行動へ移すにはあまりに乱暴な話であるように思う。
企業の事業継続計画(BCP)策定においても、ハザードマップを根拠に災害対策を練られていることと思う。筆者はこのような状況を鑑みて、子どもから大人までを対象に地元のハザードマップを読み解くための防災教育の出前授業を3年ほど前から行っている。
今年1月、伊勢湾内の津波の挙動を知ってもらうために、南海トラフ地震時の動画シミュレーションを教材として制作し、教職員向けの防災研修で公開した。伊勢湾は沿岸部にコンビナートが広がっており、企業にとっても湾内の津波の挙動は気になるところではないかと思う。
伊勢湾沿岸は「湾に守られているから津波の被害はそれほど大きくはないのでは?」と思っている方が多いかもしれない。しかしながらシミュレーションを行ってみると、湾内に行き場のない波が幾度も襲来する。岸にぶつかった波が戻り流れとなり、新たに湾に侵入してきた波とぶつかり、複雑な動きをすることがわかった。波の周期が合えば、波高はさらに高くなるおそれもある。
こういったことも念頭に置きながら「想定外」を想定していく努力も、住民らと同じく企業に求められていると感じる。持続可能な社会に向けて、今後も、前向きなリスクマネジメントを提言しながら、地域包括的な防災・減災活動を推進していく一助となりたいと思う。
(2022/2/10 05:00)