「安心」か「安全」か 素朴な判断に持続可能性を損なうリスク

(2023/11/15 12:00)

  • コロナ禍期間中、対策グッズが品薄となることはあったが、基本的な衣食住に関する供給は維持されていた(著者撮影)

「ジャスト・イン・タイム(適時適量調達)」から「ジャスト・イン・ケース(もしもの備え)」へ。コロナ禍を境に耳にする機会の増えた表現だ。需要・供給双方で高まった不確実性を克服するためには少々多めに在庫を持っておいた方が良いだろう、との考え方がモノづくり分野に広まっていることの証左のようにも見える。しかし、この「もしも」が意味するところには少々注意を要するかもしれない。サプライチェーン・マネジメント(SCM)の観点より考察してみたい。

SCMにおける一般論として、原材料などをこまめに発注して調達サイクルを短くすることは手元在庫の削減に有効とされる。結果として欠品リスクは高まるが、資本効率が向上する。反対に、一度に大量発注すると手元在庫が増えて調達サイクルは長くなる。長期化により需給の変化を吸収するために見込むべき安全在庫の量も増える。資本効率が低下するが、欠品リスクと発注コストが低減される効果もある。冒頭の「ジャスト・イン・ケース」は後者を志向する判断の一種といえる。

消費者の目線からこの判断を省察した場合、コロナ禍期間中は対策グッズなど流行商品が品薄となったものの、基本的な衣食住に関する供給は維持されていた。需要側に向けたSCMとしては奏功したといえそうだ。

他方、供給側では異変が起きている。モノづくり分野の旺盛な在庫積み増し需要に応えるべく動いたモノはこび分野で洋上輸送能力が余り始めたという。2023年のコンテナ船腹数が過去最大となった一方、海運大手のAPモラー・マースクは大規模な人員削減を発表した。

SCMの世界において「ジャスト・イン・ケース」志向に伴う調達サイクルの長期化は想定範囲内だ。しかし、そこに加える「安全在庫」の算定には裏付けが求められる。もしも不安から感覚的に在庫を積んだならば、得られるのはビジネス上の「安全」ではなく心理的な「安心」に過ぎない。素朴な判断にサプライチェーン(供給網)全体の持続可能性を損なうリスクが潜む点に留意したい。

◇著者:MTIプロジェクト 『基礎から学べる!世界標準のSCM教本(日刊工業新聞)』の著者である山本圭一・水谷禎志・行本顕の3氏によって創設された世界標準のSCM普及推進プロジェクト。MTIは「水山行」のラテン語の頭文字。本連載はメンバーのうちASCMのSCMインストラクター資格を持つ行本顕が執筆を担当

(2023/11/15 12:00)

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