[ オピニオン ]
(2016/9/15 05:00)
北海道釧路市には阿寒と釧路湿原の二つの国立公園がある。両方とも稀少な動植物の宝庫である。なかでも阿寒湖のマリモ、釧路湿原のタンチョウはともに一時は絶滅の危機にさらされながら、多くの人々の努力により、絶滅を免れ、国の特別天然記念物に指定されている。
タンチョウは江戸時代には北海道各地に生息していたようだが、明治に入って激減した。大正の終わりごろに釧路湿原で十数羽が見つかり、1952年の調査で33羽が確認された。絶滅の危機を救うために1958年に釧路市丹頂鶴自然公園が開園した。その時に公園管理人に就任したのが、現在、同園名誉園長の高橋良治さんである。
高橋さんは鳥の世話はまったくの素人で「とにかく自然界のタンチョウがどうやって子育てするかを観察し、試行錯誤でやってきた」。その結果、1970年には世界で初めてタンチョウの人工ふ化に成功する。だが、生まれたひなを育てるのに苦労した。裸になってひなを抱きかかえて温めたら「温度と湿度がちょうどよかったのだろう。うまく育った」そうだ。
開園当時、釧路湿原のタンチョウは100羽ほどだったが、2010年ごろには1000羽を超え、一説によれば、現在は1500羽ほどに増えているそうだ。北海道で3000羽が高橋さんの夢だ。そのためには周辺の森も保全して湿原によい水を供給することや釧路湿原以外にもタンチョウが生息できる場所を確保することが必要だ。
高橋さんは「タンチョウが生きていられる環境は人にとっても生きやすい、タンチョウが棲めなくなれば、私たちもここに住めなくなるだろう」という。マリモも同じだ。マリモが育つ阿寒湖に水を供給する周辺の山々の保全が重要であることは言うまでもない。
一方で、環境省は「国立公園満喫プロジェクト」を開始した。2017年度に約100億円の予算を要求する。このプロジェクトで、2015年の訪日外国人の国立公園利用者430万人を2020年までに1000万人にする計画だ。ビジターセンターや自然歩道の整備、屋外広告の制限、ホテルの誘致などを検討している。
だが阿寒や釧路湿原に限らず、景観に加え、希少な動植物が生息している国立公園は少なくない。環境省はこれまで国立公園内での太陽光発電や地熱発電など再生可能エネルギー発電所建設を制限するなど、景観や希少な動植物を保護する役割を担ってきた。
32の国立公園に多くの外国人が訪れ、美しい日本の自然や珍しい動植物に触れてもらうのは結構なことだと思う。でも建物が建ち、訪問客が増えれば、オーバーユースの問題も出てくるかもしれない。環境省には生物多様性保全という本来の役割を前提にした満喫プロジェクトを進めてもらいたい。
(論説委員・山崎和雄)
(2016/9/15 05:00)