[ ロボット ]
(2017/2/11 05:00)
人工知能(AI)の進化が人間の能力を超え、それにより甚大な影響がもたらされる--「シンギュラリティ」という言葉に不安を感じる人も少なくないだろう。人が最も知恵のある存在から追われ、AI の奴隷になるのではないかと不吉な予感を持っている人もいるだろう。シンギュラリティの真の意味を理解し、そこに向けた人類の活動を知ることで、そんな不安を払しょくしよう。
2045 年に訪れる「技術的特異点」
シンギュラリティ(singularity)という言葉は、物理や数学などの世界では「特異点」と訳される。そこに至るまでは緩やかだった変化が急激に変わり、その点を超えるとそれまでとは別の現象や異なる世界のようになってしまうポイントを指す。たとえば、それまでの変化の中では数字で表すことが可能だったのに、特異点を超えると∞(無限大)としか表現できなくなるなどのケースだ。
現在、話題となっているシンギュラリティは、正確には「技術的特異点」(technological singularity)を指し、テクノロジーの進歩と人類の知性や存在に関する特異点のことだが、“technological”という言葉を省略して語られることが多い。
シンギュラリティによって、人は生物的な進化を超えた知性を手に入れ、ポスト・ヒューマンになる。現在Google(グーグル)に勤める人工知能研究家で発明家、未来学者のレイ・カーツワイルは、シンギュラリティが訪れる時期を「2045年」と予測している。彼の著作によってシンギュラリティという言葉が広まった。
ここにきて、シンギュラリティへの関心が急速に高まってきたのは、AIの発達がディープラーニングの利用によって社会のさまざまな場面で認識されるようになったためだ。画像から猫を認識したり、囲碁のチャンピオンを打ち破ったりするAIを見て、多くの人がAIはやがて人間より賢くなるかもしれないという予感を抱いた。AIの進歩こそがシンギュラリティを実現しそうだと、そしてそれはそれほど遠くない将来かもしれないと気付いたのだ。
世界を驚かせたカーツワイルの予測
シンギュラリティの詳細を検討する前に、カーツワイルの予測を確認しておこう。
未来学者としてのカーツワイルは1990年にインターネットの普及とチェスでコンピューターが人間のチャンピオンに勝利する時期を予測し、1999年にはコンピューター素子が等比級数的に進歩する「ムーアの法則※1」が、DNA解析など多くのテクノロジーにもあてはまるという「収穫加速の法則」を解説した。
「ムーアの法則」自体は限界が近づいているが、1つのテクノロジーが限界に近づいても、成果の速度を落とさないために別のテクノロジーが補完するようになるとカーツワイルは主張する。カーツワイルはその後2005年に「特異点は近い(The Singularity is near)」と宣言し、技術的特異点とは何かという認識を広めた。
シンギュラリティに向けた、カーツワイルの予測のメインとなるのは、ロボットの小型化とAIの進化だ。ロボットは小型化が進み、将来的には赤血球程度の大きさの自己複製化の機能を備えたナノボットになり、人の体内で細胞を修復したり、健康に必要な情報を脳に伝達したり、また脳と連携することで裸眼でVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を見られるようになる。
AIは2029年に人間の脳の容量と同等のものになり、2045年には全人類の脳容量の合計を超え、かつこれが1000ドルで入手できるようになる。このAI はクラウドに展開され、人間はナノボット経由でクラウド上のAIを第2の脳として利用可能になる。従来からの生物的脳とAI という外部脳の両方を利用したハイブリッドな思考が可能になる。
カーツワイルは2014年のTED(Technology Entertainment Design)カンファレンスにおいて、「ハイブリッド思考の世界が来る」と題し、2005年以降のデータを加味してさらに自らの予測を詳細にしている。また、彼はナノボットによって人間の寿命を伸ばし、クラウドに脳情報をアップロードすることで不死を可能にできると考えている。
カーツワイルは2012年にGoogleに入社し、現在、AI開発の総指揮をとり、大脳新皮質をコンピューターシミュレーションしようという「Neocortex Simulator」に取り組んでいる。完成した場合はクラウドに展開し、人間の第2の脳として使用する予定だ。
シンギュラリティ後の世界は想像がつかない
カーツワイルの予測の多くが、内容的にも年代的にも正確だったことから、現在、彼の予測年代に基づいたシンギュラリティについての賛否両論が湧き起こっている。悲観論的な意見としては、「人間がAIに支配される」といったものから「AIに仕事が奪われる」や「外部脳を共有することで、個体としての生物ではなくなる」といったものまでさまざまだ。多くの人はシンギュラリティという言葉を聞いて、カーツワイルの予測自体より、これらのAIに関する否定的なイメージのほうを連想するのではないだろうか?
シンギュラリティという言葉とカーツワイルという名前が非常に有名になってしまったために、カーツワイルがシンギュラリティについて悲観的な予測をしていると思い込んでいる人さえいる。しかし、カーツワイル自身は非常にポジティブに研究を進めている。人体内のナノボットのプログラムを有害化する指令が外界から与えられる可能性などには不安も抱いているが、シンギュラリティを肯定的にとらえている。
シンギュラリティ以後の世界については、それを迎える前の人間には明確なイメージができないという点が、不安を呼び覚ます理由だ。それは死んだ後のことがわからないから不安が拭い去れないという意識とも共通している。シンギュラリティ後の世界が具体的にどうなるかについては、今のところカーツワイルも多くは述べていない。
【※1 ムーアの法則】
米インテルの創業者のひとり、ゴードン・ムーアが1965年に論じた指標。半導体の集積密度は18〜24カ月で倍増し、チップは処理能力が倍になってもさらに小型化が進むという法則。カーツワイルは、この法則が2019年まで継続した後、3次元分子コンピューティングなど新しい技術が現在の集積回路技術を置き換え、ムーアの法則は2020年以降も維持されるのではないか、と推測している。
(2017/2/11 05:00)