[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/印タタ・グループ新会長は、元プログラマーの異色経営者

(2017/2/16 05:00)

事業に成功して財を成し、社会に貢献する。それは一流の事業家の証でもある。素晴らしくも珍しいことではないが、創業当初から社会貢献の財団をつくり、事業利益の多くを財団の資金に充てている企業グループが、途上国のインドにある。タタ・グループである。

創業者のジャムシェドジー・タタは、19世紀後半からアヘンを含む貿易、綿紡績、ホテル経営などの成功で財を築き、その息子のドラブジー・タタ時代には父親の構想した鉄鉱石の採掘・製鉄、セメント、水力発電、化学(製塩・ソーダ灰)などと、英植民地インドにあって重工業を興した。

この親子は、大学院大学のインンド科学大学(IISc)、教育、医学、地域振興などの財団を設立。こうした貢献はタタの遺伝子となった。3代目のジャハンギール・タタの下では、蒸気機関車・商用車、制御・通信技術、火力発電、航空事業、紅茶・コーヒー、時計などと事業を拡大。1991年のインド経済危機時に第5代の会長職に就いたラタン・タタ氏は、通信、乗用車・自動車部品、保険、住宅、流通・小売りなどに進出した。

第二次大戦後は、綿紡織、セメントなどから撤退する一方、航空事業は国有化と事業内容は変わってきたが、傘下企業数は約100社、うち上場企業は29社(16年3月末)にも上る。グループ売上高6兆7757億ルピー(約1036億ドル)、海外売上高比率67%、総従業員数66万人と、アジアを代表するグローバル企業グループになっている。

グループの持ち株会社はタタ・サンズ。同社の最大株主はタタの財団で、その合計持ち株比率は66%。ラタン・タタ氏は、内外の長者番付に載ったことがない。タタはインドで多様な事業展開を行い成長してきたにもかかわらず、インド的ではない異色の企業グループでもある。

そのタタ・グループは16年秋、会長解任騒動に揺れた。ラタン・タタ氏の定年退職に伴い、12年12月に会長に就任したサイラス・ミストリー氏を、タタ・サンズの取締役会が解任したのだ。ミストリ―氏は、タタ・サンズ株の18%強を握るパロンジ一族の嫡子。ラタン・タタ氏は、新会長選任に当たって、「(タタ一族の出自である、ササン朝ペルシャからインドに亡命したゾロアスター教徒を意味する)パールシーにこだわらない」と発言し、世界で活躍するインド人経営者の中から選ぶのでは、といった憶測がインドの新聞紙上をにぎわせた。しかし、結局、選んだのは、パールシーでアイルランド国籍のミストリー氏だった。

インド各紙は、同氏解任の理由について、タタ製鉄が07年に買収したコーラス・スチール(英蘭)再建の道筋がつけられず、NTTドコモとの携帯電話合弁事業を2014年4月に解消し、訴訟沙汰になったことをタタ財団が問題視した、などと報じた。一方、ミストリー氏は「タタ・サンズのガバナンスが問題。私の会長時代、タタ・モータース、タタ・コンサルタンシー・サービセズ(TCS)などの株価は上がった。解任は名誉棄損だ」と反発し、現在、インド企業仲裁裁判所に提訴している。

タタ・サンズはこの1月12日、新会長にTCSのN・チャンドラセカラン社長兼CEO(最高経営責任者)を選んだ。同氏はタミルナド州ナマッカル生れの53歳。地域のカレッジでコンピューター・アプリケーションを学び、87年にTCSにプログラマーとして入社して、CEOにまで上り詰めた人物だ。タタ・グループの創業者一族とは関係がなく、パールシーでもない。インド財界はおしなべて、チャンドラセカラン氏のタタ・グループ会長就任を歓迎している。

TCSの売上高はグループ売り上げの約6分の1を占める。人工知能(AI)、ビッグデータといった最先端ビジネスで、欧米企業の下支え役を果たすとともに、自社でもバイオインフォマティクス、スーパーコンピューター、フィンテックなどの分野に力を注いでいる。

この21日に新会長に就任するチャンドラセカラン氏の趣味はマラソン大会参加と写真撮影。東京マラソンにも参加したことがあるという。マラソンで持続力を養い、写真撮影で瞬時の判断を磨いているのかもしれない。タタと日本との関係は渋沢栄一の時代から続き、横浜の日本郵船歴史博物館にはボンベイ航路開設で日本郵船がタタの世話になったことを示す展示がある。ITでは、三菱商事がTCSとの提携強化を図っている。

チャンドラセカラン新会長は、タタ財団の「お抱え経営者」ともいえなくはないが、新会長の経営手腕にタタ・グループの先進性の発展と社会貢献の拡大が託されている。同グループがICTの強みを発揮し、グループのシナジーを高められるか目が離せない。

(客員論説委員・中村悦二)

(2017/2/16 05:00)

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