[ オピニオン ]
(2017/7/20 05:00)
新興国インドで、独立後最大の「税制改革」が行われ、その行方に注目が集まっている。
インド経済は、中国や他の新興国経済が減速下にある中で、2016-17年度の経済成長は6.8%と7%台に届かなかったものの、世界銀行予測によると、今年度は7.2%、19-20年度は7.7%成長が見込まれている。こうした中、インドに対する外資の関心は高まり、インド進出日系企業進出数も、06年の267社から16年には1305社と5倍近くに増え、その合計拠点数は4417カ所に達する(16年10月、在インド日本大使館・日本貿易振興機構=ジェトロ調べ)。
とはいえ、インドの事業環境は複雑かつ難しいことで有名。中でも土地収用法、労働法、税法関連、それに汚職の横行は進出日系企業の悩みの種といわれている。土地収用法関連では、工場用地の取得時などで問題化し、インド企業でさえ、工場建設工事を始めてから進出先変更を余儀なくされたケースもある。
世界銀行の「2017年版国別ビジネスのしやすさランキング」では、インドは130位とビジネス環境の評価は芳しくない。トップ5はニュージーランド、シンガポール、デンマーク、香港、韓国の順。日本は34位に甘んじている。
インドのランキング順位は、同国の多様な側面を示しているといえそうだが、多民族・多言語のインドは連邦制の共和国。州の権限は強い。税法に関しては、インド人民党(BJP)政権のナレンドラ・モディ首相はまず、憲法の関連条項改正を上下両院で可決した上で、物品・サービス税(GST)モデル法案を議会で可決。7月1日午前零時を期して、GST導入という果断な措置に踏み切った。
同国では従来、間接税には国税と州税が複数あり、相殺不可能で、取られ損の税金もあり、州によってはオクトロイと呼ばれる物品入市税の徴税検問所を州境に設置し、トラックが列をなして、関係役人の汚職がはびこっているとされていた。GSTの導入自体は、蔵相経験者のマンモーハン・シン首相が率いていたコングレス党政権下で、目標として掲げられたが出来なかった。11年越しの実現となった。
モディ首相は昨年11月、500ルピー札と1000ルピー札を廃止している。この措置は経済成長の足を引っ張ったといわれるが、汚職、ブラックマネーの温床とされた高額紙幣の使用を止めて、電子的な決済をも推奨した手腕に、最近では評価が高まっている。
GSTでは、物品税などの国税をCentral GST(CGST)とし、付加価値税(VAT)といった州税をState GST(SGST)に統一、複数の州を経由する取引に課せられる税をIntegrated GST(IGST)にした3体系に整理。中央政府と州政府の財務相で構成するGST評議会が5月中旬に税率を決定した。
税率は、当初いわれていた単一でなく、5%、12%、18%、28%の4段階。牛乳、穀類、野菜、教育やヘルスケア関連サービスなどは免税で、同国の食生活で重要品である食用油、砂糖などは5%。せっけん、歯磨き粉、資本財、工業中間財などは18%、自動車、家電製品、映画チケット、5つ星ホテルのサービスなどには28%が課せられる。ただ、電気自動車の税率は18%とそれなりの環境配慮はなされている。電子商取引に関しても、1%の源泉徴収が課せられる。
同国の財界団体であるインド工業連盟(CII)のショバニ・カミネニ会長は、GST導入で「経済改革は新時代に突入した」と歓迎。インド商工会議所連合会(FICCI)も、民間業者、特に中小企業が新しい間接税法に慣れるのに時間がかかることに対する理解を政府に求めながらも、GSTはインド経済に多大な恩恵をもたらす、と歓迎した。
7月2日付のインド各紙は、GST導入で、価格が下がる品目を並べ、GSTとは何ぞや、との解説記事を今なお掲載している。また、多くの州境の徴税検問所が閉鎖されたことも伝えている。
GST評議会は、GSTに関する売り上げ明細書、仕入れ明細書、月次報告書、仮払いGSTの配賦申告書などの関し、2カ月間の猶予期間を設け、税率変更に関しても柔軟姿勢を見せているようだ。同評議会は8月初旬、GST導入後の精査を行うことになっている。
日系企業間では、従来、税の相殺ができなかった中央販売税(州境を超える際に徴税されるCST)が撤廃されたことを歓迎している。ジェトロによれば、CST支払いを避けるため、企業は各州に倉庫を設置し、倉庫間移動でCSTに対処してきたが、GSTでは倉庫間移動は課税対象となるため、物流効率化を目指したサプライチェーン構築が進みそうだという。税制改革が物流改革を誘発すれば、インド経済に好サイクルが生まれる。
GSTの各種申請は、インターネットで行うことになっている。そのGSTネットワーク(GSTN)のポータルが24日にやっと始動する(エコノミック・タイムズ紙7月16日)。中央政府のアルン・ジャイトリー財務相は、既存の納税業者の81%がGSTIに登録した、としている(1会計年度で総額200万ルピー以上の売り上げを有する者は、供給元となる地が属する州に登録義務がある)。
インドで、従業員が10人以下程度の零細事業者は「非組織化事業者」とされるが、企業組織の9割方を占める非組織化事業者に関しては、左翼系のインド労働組合センター(CITU)が繊維、衣服、製薬、建設などの分野で課税強化となり、労働者に影響ありと、問題視しているという報道もある(ビジネスライン紙7月16日)。中央政府は「反不当利得者庁」を設置し、悪質な利得者の取り締まりを行う。また、徴税当局は全国規模で便乗値上げの監視を続けている。
マクロ経済の観点からは、今回の税制改革について、世界銀行などが高い評価を与えている(5月のインド経済に関する2016-2017レポート)。
(中村悦二)
(2017/7/20 05:00)