[ オピニオン ]
(2017/8/24 05:00)
暑い日が続き、エアコンの世話になっていると、つくづく、その有難さが身にしみる。就寝時に、エアコンを起床時までつけておくと良くないと思い、エアコン切れのタイマーを入れておくと、エアコンが切れ、汗が噴き出してきて、目が覚める。TVニュースなどの「熱中症にご注意ください」のコールに従い、夜通しエアコンをつけておく機会が多くなる。オフィスが冷房されていないことはまず考えられない。
そのエアコンを「20世紀の最大の発明」と称賛したのは、シンガポール元首相の故リー・クアンユー氏だった。シンガポールでは、1950年代からエアコンがレストラン、銀行に導入され、その後、政府庁舎にも導入された。建国の父とされるリー・クアンユー氏は、同国の資源は「人と水」と見極め、港湾を整備しマラッカ海峡を通る船舶のハブ(拠点)とし、人の活用では、1960-80年代前半の単純労働中心から徐々に知的労働中心へと産業構造の転換を図った。
その際、必要となる生産性向上に向けては、人の労働環境の改善に役立つエアコン利用を促進した。リー氏のエアコン礼賛は、赤道下の湿気の多い熱帯の地で産業を興し、海運だけでなく、航空、金融、教育、医療といった面でも東南アジアのハブとしての地位を確立してきた際のエアコンの果たしてきた役割を肌で感じてきたからに違いない。
今では旧聞に属する言葉になってしまったが、北の先進国、南の途上国の格差、いわゆる「南北問題」の解決に、業務用を含めたエアコンの貢献大、との感慨もあったであろうと思う。シンガポールのエアコン普及率は現在、90%を超える。常夏であるが故に、常時使用が一般的でメンテナンスは大変だ。
東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国のエアコン普及率(2013年、大和総研調べ)は、マレーシアが39.1%、タイ16.7%、インドネシア7.9%、フィリピン10.0%、ベトナム10.8%。90年代後半に訪れたベトナム・ホーチミン市の電子工業省(当時)と日本の家電メーカーの音響機器関連の合弁工場では、「従業員の創意」による氷柱があちこちに立てられ、ささやかな涼を生み出していた。
同じころ取材した、インドの日系家電メーカーのニューデリー郊外の工場内は40度Cを超えていた。そこでは、新工場が建設中で、新工場はエアコン装備とのことだったが、アジアでのエアコン利用は途上だった。今でも、突出した普及率を誇るシンガポール、日本、中国を別にすると、上記のASEAN諸国やインドなどは、一人あたりGDP(国内総生産)の伸びからして、いよいよ普及の加速段階に入っているとみられている。
日本冷凍空調工業会が17年4月にまとめた「世界のエアコン需要推定」によると、16年の全世界のエアコン(住宅、ビルなどに用いられる合計)需要は1億231万台。最大の需要地は中国で4059万台。続いて日本・中国を除くアジアが1641万台、以下、北米1460万台、日本915万台、中南米647万台、欧州607万台となっている。
アジアで中国に続いて需要が多いのはインドで451万台、インドネシア230万台、ベトナム198万台、タイ156万台、韓国101万台の順。こうしたアジアの旺盛なエアコン需要を受け、日本のエアコンメーカー各社は、アジアでの現地生産強化を打ち出している。
かたや、エアコンの利用拡大が地球温暖化の要因となっている、との見方も根強い。特に中国、インドといった新興の大国での利用拡大による環境への影響を懸念する声は、昨年のパリ協定合意に至る過程で、欧米のマスコミなどでしばしば取り上げられた。確かに、途上国の人々のQOL(生活の質)向上に役立つエアコン利用の拡大が、地球環境の悪化を招いたとしたら、それは矛盾に違いない。エアコンと生産性向上に関してもさまざまな見方が示された。
しかし、新興国から途上国に至るまで、エアコン利用の動きは止まらないだろう。先進国がそれをむやみに非難すれば、「先進国のおごり」と批判されても仕方ない。
日本は新しい冷媒の開発、省エネに有益なインバーター技術など、エアコン利用の環境負荷軽減に貢献する技術を有する。日本の環境に優しい新技術を応用したエアコン利用促進も立派なインフラ整備となる。アジアをはじめとする途上国のQOL、生産性の向上に向け、エアコンについての整備支援を深めたら、と思う。
(中村悦二)
(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)
(2017/8/24 05:00)