[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/「なろう」と「初音ミク」と3Dプリンター

(2017/9/7 05:00)

2年ほど前の日刊工業新聞に「なろうに学ぶ」と題した記事を掲載した。インターネット上の小説投稿サイト「小説家になろう」(通称・なろう)を考察したものだ。

原文はリンク先【下記の関連リンク参照】で公開しているので興味があればお読み頂くとして、要点をまとめれば次のようになる。

1)「なろう」には30万点超の投稿小説があり、毎月何点かが商業出版されている。

2)伝統的な編集者の“目利き”なしでヒット作が生み出せる。

3)作者(書き手)と読者(受け手)の境界が従来以上にあいまいになった。

この傾向は加速度的に高まっている。「なろう」の投稿小説は50万点を超え、いくつものレーベルから多い月には数十点が出版される。マンガやテレビのアニメ番組の原作になるケースも増え、後を追うように大手出版社が自前で類似の投稿サイトを立ち上げた。大半は「ライトノベル」と呼ばれる分野の作品だが、そのライトノベルがそれなりに売れ、読者の活字離れに苦しむ現代の出版界をけん引しているのが実情だ。

「なろう」の作者の多く他に生活の基盤となる職業を持っており、印税率が低くても(時にはゼロでも)商業出馬を名誉に感じるだろう。出版社の側もプロの作家が相手ではないから、売れなければ刊行を打ち切ることにためらいがない。ただ「なろう」の作品群がコンテンツの有力な供給源として認知されたことは間違いない。「生産者」と「消費者」に分かれて発展してきた産業社会が、新たな局面に入ったことを実感させる。米国の未来学者アルビン・トフラーが「第三の波」で予言した『生産=消費者』が現実になりつつあるという分析は、今も変わらない。

似たような事象は他の分野でも起きている。たとえば今年、発売10周年を迎えたクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市中央区)の音声制作ソフト「初音ミク」。ヤマハが開発した音声合成ソフト「ボーカロイド」にプロの声優の発声をあわせ、さらにアニメ調のビジュアルキャラクターを配した。この仕組みを使えば、シロウトの音楽好きが作詞・作曲した楽曲を、リアルな歌という形で表現できる。さらにユーチューブに代表される動画投稿サイトを利用して、作品を世の中に発表できるわけだ。

今のところ「初音ミク」発のメガヒットは出ていない。機械合成音声の不自然さや、作詞・作曲におけるプロとアマチュアの技量の差を論じるのはたやすかろう。しかし「なろう」発の大量の作品群が、必ずしも練達した書き手でないことを考えれば、「シロウトの遊びだ」と切って捨てるのは得策ではない。「初音ミク+ユーチューブ」は、伝統的なプロデューサーや評論家の評価と無関係にヒット作を生み出す可能性を持っている。しかも技術は今後も確実に進歩するのだ。

デザインの専門家である東京大学生産技術研究所教授の山中俊治さんに話を聞いたときにも、同じことを感じた。山中さんは、デザインを「意匠」と「設計」に分けることの愚かさを指摘するとともに「デザインは大事だと経営者だれもが言う。しかし同時に『デザインは分からない』とも言う。おかしくないだろうか。豊富な事業経験を持つ人こそが、製品に求められる要素を理解しているはずだ」と話す。新たなデザインの製品を生み出すには「美しい、欲しい、すごいと思うものを世の中にどう広げていくかを考えろ」と主張し、その具体策として3Dプリンターの出現に注目する。

これまでのモノづくりは熟練工の手作業か、金型などによる量産でしか形にならなかった。しかし3Dプリンターを使えば、より多くの人が自分の考えたイメージを具体化できる。そのインパクトは「メーカー」と「ユーザー」の垣根をあいまいにし、少しずつ社会を変えていくだろう。それがIT革命の大きなトレンドだ。

報道メディアも年々、情報の「出し手」と「受け手」が対等になっていると感じる。メディアの一員として、自らはどうすべきかを日々、悩んでいる。

(加藤正史)

(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)

(2017/9/7 05:00)

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