[ ロボット ]
(2017/9/12 05:00)
米トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)のギル・プラット最高経営責任者(CEO)は自動運転技術の研究を指揮する。自動運転は移動ロボットや人工知能(AI)、ヒューマンマシンインターフェース(HMI)などの複合領域だ。タレントを集め200名規模の研究体制を整えた。基礎的な理論研究から、ユーザーエクスペリエンス(顧客体験)のデザインなどの実用的な研究まで幅広いテーマが走っている。展望を聞いた。(小寺貴之)
クラウドと省エネ
―ロボットや人工知能(AI)技術のトレンドは何ですか。
「クラウドロボティクスと省エネだ。ディープラーニング(深層学習)は消費電力が大きく、移動ロボットや携帯端末で計算するのは現実的ではない。データはクラウドに集めて学習すべきだ。すべてのロボットが学習の成果を共有できる。ただ自動運転などの安全に関わり、通信遅延の許されない処理は車両ですべきだ。我々はエネルギー効率の高い手法を追求している。現在の最先端の演算素子を持ってしてもエネルギー効率は人間の脳には遠く及ばない」
―ロボットは設置型と移動型で電源の重要性が変わります。省エネは電池に依存するEVや移動型ロボはよりシビアになりますね。
「深層学習の学習過程はクラウドでなければ難しいだろう。膨大なデータと計算資源が必要になる。端末側では難しい。推論過程は学習に比べて計算量は小さいが、サービスを高度化するにはより多くの機能が求められていく。計算時間も短い方が良い。エネルギー効率の追求は学習と推論の両面に貢献する」
―深層学習などのデータ駆動型の機械学習は不確実性を排除できません。車両制御にも応用できますか。
「自動運転ではまず周囲を“認識”し、少し先を“予測”し、自車の動きを“計画”して走行する。“認識”は最も長く技術の蓄積があるが、それでも100%はあり得ない。今の車は理論的に100%の正しいと証明できない。そのため信頼性試験には統計的な手法が必要になる。我々はたくさんのシミュレーションと実車でのテストを重ねている。まだ基礎研究だが学習結果の正しさを証明する理論研究も進めている。将来を見据えた研究だ」
「“認識”の次が“予測”だ。いつどこで、歩行者や自転車がやってくるのか。たくさんの可能性がある。人間がコードを書くことでも予測できるが、非常に複雑になってしまう。機械学習が有効だ。3番目が“計画”だ。車はどのルートを走るべきかを決める。シンプルではない。すでに機械学習を使う研究もある。他社は手書きのコードを使っている。我々は両方を研究している」
―手書きで書き切れますか。
「状況は複雑だが、交通ルールはシンプルだ。ルールを手書きで書くことはできる。もともと最近まではすべて手書きだった。業界としては、やっと機械学習を“計画”に使い始めた段階。我々としても検討している段階だ」
自動運転時代の走る楽しみとは
―トヨタ自動車は“ファントゥードライブ”を掲げています。感情推定AIの開発動向はいかがですか。
「私がトヨタに入社し、豊田章男社長に初めて会ったとき、運転の楽しさを丁寧に話してくれた。私も運転が大好きで、素晴らしい考えだと思った。詳しくは話せないが、すべての技術を研究している ドライバーの状態を測ることはとても重要だ。だが簡単ではない。感情はとても早く変わる。人はハッピーな時でも、すぐに悲しい気分になったりする。例えば10分ごと、定期的に感情が変わるわけでもない。移り変わりの傾向はあるが、変化の予測は難しい。ドライバーモニタリングはとても重要なシステムだ。特にレベル2(高度運転支援)のシステムでは安全性担保のために必要になる」
「我々は自動運転について『ガーディアン』(守護天使、高度運転支援)と、『ショーファー』(お抱え運転手、完全自動運転)の二つを開発中だ。我々は人が運転スキルを失うほどのガーディアンを生み出したくないと思っている。教師がそうであるように、ガーディアンも生徒を助けすぎてはいけない。生徒自身で前に進めるように後押しするのだ。我々のガーディアンシステムは、安全性を高めると同時に、ファントゥードライブも加速する。ユーザーエクスペリエンスのチームを設けて、ガーディアンシステムがセーフティーネットとなりつつも、運転手がガーディアンに依存しないように研究している。もちろん気を失うような状態であれば助けてくれる。ただし、はっきり申しておきたいのは、もし運転手がシステムに依存してしまえば力は衰えてしまうということだ」
―自動運転時代の走る楽しみとは何ですか。
「運転には娯楽のような楽しさや、自分の力を拡張する感覚がある。人間はそんなに速く走れない。車に乗ることで加速力を感じ、もっと速く、もっとパワフルにという欲求を満たす。自分がもてる以上の力を発揮した感じがする。こういった自分が増幅される感覚、また車と一体となりコントロールしている感覚が、運転を楽しいものにしている。これがなくなることはないだろう」
―ドライバーの状態推定システムは高コストになりませんか。
「我々はトヨタの研究・開発・製造・サービスの最も上流の研究を担う。事業戦略については答えられない。その範囲で答えると、例えばTRIが資金提供している米MITの研究者は、生体情報をセンサーを装着せずに電波で検知する研究をしている。心拍や呼吸が対象だ。安価な技術が将来的できるようになる可能性はある」
WRSで競技会を開く意義
―米国防高等研究計画局(DARPA)で災害対応ロボット競技会「DRC」のプログラムマネージャーを務めました。技術開発に競技会を利用するメリットは。
「まずチームが競うことで技術開発が加速する。それを見て各業界のリーダーは優秀な人材を探す。DARPAの競技会では経験者たちがロボットや自動運転ベンチャーを立ち上げ、各界で活躍している。人材育成や発掘の機会になる。政府関係者は競技を通じてロボットにできることを理解する。科学技術政策や産業振興策に反映される。最後が公衆だ。観客に将来の社会を見せることができる」
「DARPAは災害対応だけだったが、2020年に開催するロボットの国際競技会・展示会『ワールド・ロボット・サミット』(WRS)は家庭支援や製造業、災害対応など異なるコミュニティー、それぞれが抱える課題に挑戦できる」
―それぞれの課題とは。
「産業用のロボットは生産性と柔軟性の両立が求められる。ユーザーは製品が変わるたびにロボットや製造ラインを変更したくはない。家庭用は消費者が手の届く価格に抑えるためコストが厳しい。一方で、住人の不在時や寝ている間に働けば生産性は強く求められない。各業界の課題に取り組みながら技術やアイデアを共有できる」
―WRSでは家や家電、ロボットの連携を模索します。異業種のデータ連携は可能ですか。
「“Data is new OIL”(データは新しい資源)。この言葉に私も賛成する。だが残念なことに米国では多くの企業がデータの独占を競っている。トヨタ自動車は顧客とプライバシーを尊重する。データを誰が所有するべきかは難しい問題だ。少なくとも著作権のように創作者と恩恵を受ける人が同じではなくなった」
「データはネットサービス側が保有し、データを生み出した消費者本人は持てない。ただ本人は今後の買い物が楽になり、サービズ側も効率的に商品を売るためにデータを使う。企業と消費者の両方が恩恵を受ける。そしてデータの扱いが不満であれば消費者は他の店で買うという選択肢も残されている。簡単には答えが出ない問題だ。データの価値とプライバシー保護の両立は各国で議論されている。日本がWRSを通じて連携モデルを示せれば大きな成果になるだろう」
外部含め優秀な人材とのつながり重視
―人材獲得競争について。米国ではグーグルやフェイスブックなどのIT企業がAI人材を高額報酬で迎えています。中国企業も応戦中です。AIとロボットの融合領域の人材はどんな状況でしょうか。
「グーグルはDARPA『DRC』のころからロボティクス分野で歴史がある。他のIT企業もロボット分野に大きな興味を持っている。彼らはこっそり研究しようとする傾向があるが、隠しきれずニュースになって周知されている。人材の競争はある。ただ社会に大きなインパクトを与えるにはインターネットの中に留まらず、現実世界の問題を解かねばならない。研究テーマとしては、自動車の安全の問題やロボットによる高齢化社会への対応がある。TRIでは、これらに取り組めることが魅力となる。最近採用した研究者は、祖父母ともにアルツハイマーを患っていた。面接で高齢化社会の課題について話し合う中でTRIへの参加を決めてくれた。TRIでは200人が働いている。研究領域が広いため、3拠点で250-300人にもっていきたい」
―AIベンチャーに投資するファンドを立ち上げました。社内でやる部分と、社外の力を活用する部分の線引きは。
「TRIは優秀な人材へのアクセスを重視している。雇用形態はその次だ。大企業で働くよりも自分でベンチャーを立ち上げて研究を続けたい人材もいる。そうした人にはベンチャーに出資し、より近い関係性を築く。社内か、社外かということはない。それよりも、さまざまな人材とつながる機会を探っている」
【記者コメント】サービスロボにも応用可能な感情推定技術
感情推定技術によって気分や調子に合わせて運転支援レベルや車内コンテンツを調整できるようになる。「運転する楽しみ」を増幅するだけでなく、サービスロボットに応用すれば、家と車、公共サービスをつなぐことができる。このデータを誰がもつべきか。WRSで個人や企業を越えた良いモデルが示せれば面白い。
また、機械学習の不確実性をいかに補い安全性を担保するか。完全自動運転と高度運転支援システムではまったく違う問題になる。完全自動運転の自動車専用道では、システムで制御を完結させ統計で安全を作り込めるかもしれない。他車を含め人間の入る余地を減らせればの話だ。だが高度運転支援は運転手とシステムが協力する。統計で安全を作り込めるのだろうか。ユーザーエクスペリエンスの設計で対応する場合、研究室から社会に出る段階で壁にぶつかるはずだ。人間は多様で制御しきれない。ここにAIをどう使うのか注目される。
(2017/9/12 05:00)