[ オピニオン ]
(2017/9/21 16:00)
シリコンバレーに2008年に設立され、先端イノベーションの研究・教育機関として日本でも注目のシンギュラリティ大学。その専門家を招いた国内初のイベントが9月上旬に都内で開かれた。
この「シンギュラリティ大学ジャパンサミット」(一般社団法人21 Foundation主催)では、いわば倍々ゲームで指数関数的(エクスポネンシャル)に発展するテクノロジーに対応しながら、どうやって明るい未来を形作っていくかという部分に力点が置かれていたように思う。ただ、そこで強調された「エクスポネンシャル」という方向性について頭ではなんとなく分かった気になっても、我々の生き方や仕事にどう反映させていったらいいのか、今一つしっくりこない部分もある。自分自身、日々の改善を是としてきた日本人だからだろうか。
そんな時、目を見開かせてくれたのが、講師として登壇した孫泰蔵さんの話だった。孫さんはソフトバンクグループの孫正義社長の弟としても知られ、ガンホーなどの会社を次々に創業。スタートアップ支援を行うMistletoe(東京都港区)社長兼CEOを務める。
彼曰く、「これからの10年、社会の風景が劇的に変わる。そこで邪魔をするのがマインドセット(物の考え方)やコモンセンス(常識)。常識を上回る形で現実ががらがら変わる時代にはアウト・オブ・ボックス・シンキング、つまり“斜め上の思考法”が大事になります」。なるほど。孫さんの言う「斜め上の思考法」という言葉で、エクスポネンシャルがすとんと腹落ちした。
社会ががらがら変わる一例が、人工知能(AI)やロボットの普及だ。AIに取って代わられることで生まれる失業者をどうするかが大きな課題になる。それに対し、「AI、ITはコストを下げるのが得意。ワークシェアが進むことで収入が下がるのは仕方ないとして、住居費や車、保険、水道光熱費、通信費などをテクノロジーで劇的に下げ、各人が可処分所得を十分確保できるようにすればいい」と提案する。
大幅にコストダウンした屋根用の太陽光発電パネル、住宅排水を何度でも再利用し配管を要らなくした水循環システム、土地に縛られない移動式のモバイルハウス、車の所有と移動コスト、それに駐車スペースを大幅に減らす自動運転タクシー、冷凍・冷蔵のコールドチェーンを変えるドローン配送…。こうした新技術が都市のありようを変えながら、低所得でも豊かに暮らせる社会基盤になると見る。
翻って、通勤電車の混雑緩和という目先の課題についても、「そもそも通勤をやめる働き方に変えるべき」と主張。ただし、テレワークだけでは物足りない。互いに顔を突き合わせて交流する良さが失われるためで、「ワークスペースはいらないが、セレンディピティー(思いがけない発見)の場として、事務所にカフェやラウンジは必要。しかも、出勤のコアタイムは朝か昼の食事の時間にする。おいしいご飯をみんなで食べながら情報交換したり、ピッチ(プレゼン)したり。こうすれば生産性がめちゃくちゃ上がるし、通勤ラッシュも解消できる」。業種にもよるとして、確かにこんな働き方で会社がうまく回れば、一石何鳥にもなりそうだ。
孫さんのアウト・オブ・ボックス・シンキングの根っこにあるのは、「全然関係ない面白いものを見て回り、多様な人たちとアイデアを交わしまくる」ことだという。こうして得られたアイデアのドット(点)をくっつけ、課題解決にならないか考えをめぐらす、というわけだ。
テクノロジーの急速な発展で20世紀型の産業社会が崩れ、スピードや効率、付加価値を重視した意識変革が求められるのは当たり前の話。周囲に流され、テクノロジーの奴隷になるのではなく、人との交流を基本に多様なアイデアを吸収し、それらを自分なりに咀嚼して点と点をつなぎ合わせ、課題解決や将来に向けた大きめの絵を描いてみる。そうしたAIや機械にはできない(と思われる)思考の柔軟性こそ、エクスポネンシャル時代を生き抜くすべと言えるだろう。
(藤元正)
(2017/9/21 16:00)