[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/郵政民営化10年

(2017/12/14 05:00)

この10月で郵政3事業が民営化して10年が経った。「官から民へ」。小泉政権下で始まった郵政民営化の流れはこの間、政権交代などで大きく蛇行した。ようやく2015年11月に上場したものの、過去に例がない新規株式公開(IPO)での親会社とゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融子会社の同時上場はグループ内での混乱を生んでいる。

そもそも、郵政民営化の意義とは何だったのだろうか。「(民営化10年の)最大のイベントは株式上場だった。国民や市場から一定の評価を得たと思う」。旧日本興業銀行出身で元シティバンク銀行会長の長門正貢日本郵政社長は民営化の意義をこう説明した。

長門氏は、10月に死去した西室泰三前社長の招聘で15年6月にゆうちょ銀行社長に就任。ゆうちょ銀の運用部門責任者となったゴールドマン・サックス証券元副会長の佐護勝紀氏とともに資金量約170億円の運用を国債からリスク性金融商品へのシフトを進めてきた。

「税金を一円も投入していないのに、何で民営化する必要があるんだ」「3事業一体経営だから成り立っているのに分社化すれば郵便局と郵便のユニバーサル(全国一律)サービス維持はできなくなる」。こうした自民党議員の声で郵政民営化法案は05年8月7日、参院で否決された。が、当時の小泉純一郎首相は「国民の声を聞いてみたい」とその日に衆院解散を強行。「郵政選挙」では国民は小泉氏の「改革を止めるな」との声を支持し、その後の臨時国会で郵政民営・分社化法が成立した。

07年10月の民営化以前、国債が中心の郵便貯金の運用は民間をしのぐ競争力を持っていた。竹中平蔵経済財政・郵政民営化担当相(当時)は「国債運用で利ザヤを稼ぐ手法はもう成立しない」と郵政民営化の意義を説いて回ったが、当時の日本郵政公社の企業会計原則に基づく04年3月期決算では郵貯の最終利益は当時の東京三菱銀行の約4倍の2兆2755億円にも達していた。

巨額の赤字に苦しんでいた旧国鉄(JR各社)、マルチメディア企業への転身が迫られていた旧電電公社(NTTグループ)、海外進出が期待された旧専売公社(JT)の場合とは全く違う。

初代の日本郵政社長となった元三井住友銀行頭取の西川善文氏は「貯金」から「預金」、「簡易保険」から「生命保険」への転換を推し進めたが、民主党・国民新党連立政権の誕生で事実上更迭された。2代目社長となった元大蔵事務次官の斎藤次郎氏は国債中心の資金運用に戻そうとした。

しかし、斎藤氏の旧大蔵省時代の後輩で3代目社長の坂篤郎氏も自公政権復活で退任を余儀なくされ、13年6月、東芝社長・会長を歴任し、東京証券取引所会長、郵政民営化委員会委員長を務めた西室泰三氏に引き継がれた。

奇しくも、郵政民営化10年の節目で鬼籍に入った西室氏は親子同時上場を仕掛けた。西室氏は、金融2社の株式売却について「当面50%の売却を目指す」としていた。そうなれば金融庁の認可が必要だった新規業務の参入が届け出制になり事業拡大に取り組みやすくなるためだ。が、さらに株式売却が進めばグループ収益の大半を占める金融2社が日本郵政の連結から外れ、赤字体質の日本郵便のみがグループに残るという可能性もある。

日本郵政グループ全体の自己資本は13兆円を超える。うち、ゆうちょ銀の自己資本は11兆5000億円と大部分を占める。そこでゆうちょ銀の余剰資本の中から、1兆3000億円を自社株買いの手法で親会社の日本郵政に「上納」させ、旧郵政省時代からの年金債務約7000億円を一括処理し、余った6000億円を豪物流大手・トール社買収につぎ込んだ。

しかし、トールの4003億円の「のれん代」一括減損処理で、日本郵政の17年3月期連結決算は、稼ぎ頭のゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融2社が外国債券などリスク性金融商品での運用を拡大させたものの、マイナス金利の逆風を跳ね返せず2期連続の減益となった。

政府は9月末に第2次売却に踏み切った。第2次売却で政府の保有比率は8割強から6割弱に下がり、政府は初回売り出しと合わせて2・8兆円を得る。しかし2次売却の価格はIPO時の売り出し価格1400円を下回る一株あたり1322円。

しかも、日本郵政自身の1000億円の自社株買いという株価の下支え、そしてNTTやJR株売却では行わなかった1000億円規模の「バッファー」(投資家の人気の応じて株の売却数をコントロールする)を設けた上での価格だ。

国債は日銀が買い支え、国民資産のゆうちょ、かんぽ資金は国債から外国債券にシフトしている。「中期経営計画の純利益4500億円に向けて努力している。厳しい環境だが選択と集中の経営を貫き、満足してもらえるパフォーマンスを上げていきたい」。長門社長は少子高齢化、マイナス金利下でのユニバーサルサービス経営維持の難しさを吐露する。

赤字体質の日本郵便の立て直しも急務。6月の切手とはがきを値上げで約300億円の増益を見込み、今期は130億円の黒字転換を目指すという。さらに来年3月からは「ゆうパック」の値上げに踏み切る。

民営化の成功例といわれたドイツやニュージーランドの郵政事業はその後破綻した。イタリアやフランス、フィンランドなど多くの欧州各国は国家が管理している。日本に民営化を迫った米国の郵便事業は国営のままだ。郵政民営化とは何だったのか。もう一度立ち止まって検証する時期に来ている。

(八木沢徹)

(2017/12/14 05:00)

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