[ オピニオン ]
(2017/12/28 05:00)
IT、とりわけソフトウエアの世界で日本発の国際標準は決して多くない。そうした中でも、世界的に広がりを見せている技術の一つに「TRON(トロン)」系の組み込み用リアルタイムOS(基本ソフト)が挙げられる。
身の回りのあらゆるものにコンピューターが組み込まれ、それらが有機的に連携するシステムの実現を旗印に、産学協同による「トロンプロジェクト」がスタートしたのが1984年。ソースコードを公開した組み込み用OSとして進化を重ね、ユーザー層を着実に広げながら、今度は米電気電子学会(IEEE)の手で標準規格化されることになった。
ここで重要なのが、トロンOSがただの組み込みソフトではないことだ。「オープン」「リアルタイム」「分散型」という生来のその特性は、IoT(モノのインターネット)を構成するエッジノード(クラウドに接続する端末機器)にすこぶるなじみが良い。
そこに目を付けたのがIEEEの標準部会。トロンの標準策定・普及団体であるトロンフォーラムとの間で8月に契約を結び、トロン系OSのうちワンチップマイコン向けの「μT-Kernel 2.0(マイクロ・ティー・カーネル2.0)」について仕様書の著作権を譲り受けた。これをもとに18年中にも、小規模組み込みシステム向けリアルタイムOSの標準仕様をIEEEが公開する運びという。
IoT時代をにらみ、IEEEとしてエッジノードでのリアルタイムOSの標準化を狙っていたところに、プログラムサイズや実装性、カスタマイズのしやすさ、小容量メモリーでの動作性などでμT-Kernel 2.0に白羽の矢が立った格好だ。
これには、トロンの生みの親である坂村健トロンフォーラム会長(東洋大学情報連携学部学部長・東京大学名誉教授)の期待も大きい。「IEEEは世界的な学会組織で、影響力がひときわ大きい。組み込み用リアルタイムOSでトロンは業界標準の地位を確立しているが、IEEEの標準化で世界への普及がさらに進むだろう」と破顔一笑する。
ここからは半ば想像だが、IEEEでの標準化はこれを第1弾とし、さらに続いていきそうな感触もある。
実はトロンプロジェクトでは、メーカーの枠を超えたエッジノード同士がクラウドコンピューティングを介して相互につながり、最適な住空間やサービス環境を実現する「アグリゲートコンピューティング」という次世代情報処理システムを提唱している。
そのための具体的な手立てとして、オープンなIoTのための標準プラットフォーム環境「IoT-Engine(エンジン)」の標準規格をトロンフォーラムが策定。機器制御用のマイクロコントローラー(マイコン)を作る東芝マイクロエレクトロニクス、ルネサスエレクトロニクス、NXP、STマイクロエレクトロニクスなど6カ国7社の半導体メーカーがプロジェクトに名を連ねる。そこでIoT-Engineに搭載されるOSが、IEEEで標準化されるμT-Kernel 2.0なのだ。
少々入り組んでいるが、IEEEへの今回の権利譲渡は、μT-Kernel 2.0だけの普及を狙ったものではないだろう。それをとば口に、IoT-Engine、さらにその先へと標準化の鎖をつなげていくための布石を打ったようにも見える。組み込みは実に奥が深い。
(藤元正)
(次回は1月2日に掲載します)
(2017/12/28 05:00)