[ オピニオン ]

【電子版】論説室から/春闘の労使交渉大詰め

(2018/3/1 05:00)

2018年春闘は3月14日の大手製造業の集中回答日に向け、労使交渉が大詰めを迎えている。安倍晋三首相は「3%の賃上げ」を経団連など経営側に要請している。政権が賃上げの旗を振る「官製春闘」は5年連続となるが、具体的な数値目標を示したのは初めてだ。

連合のベア要求は5年連続。連合のベースアップ(ベア)と定期昇給分を合わせた統一賃上げ要求水準は「4%程度」。3%台の賃上げは1994年の3.10%が最後で、現実的にはどこまで3%に迫れるかが焦点となる。

神津里季生会長は「いまだにデフレ脱却には至っていない。中小、非正規労働者の底上げが必要だ。バリューチェーン全体での配分が注目される」と話す。その上で「底上げ・底支え」「格差是正」に向け、中小組合(組合員数300人未満)の賃上げ要求目安は6000円、賃金カーブ維持相当分4500円を含め総額1万500円に設定した。

連合は18年版「連合白書」(春闘方針と課題)の冒頭で、神津会長が「賃上げと働き方の見直しを同時に推し進める闘いだ」とし、デフレ脱脚のためには今春闘での雇用の大部分を占める中小企業労働者、約4割に達した非正規社員の賃金底上げと格差是正が欠かせないと強調している。

また、「この間の賃上げ分が消費では無く、貯蓄に向かっている」とし、賃上げの継続で「底上げ・底支え」「格差是正」を実現させるべきだとしている。さらに大企業と中小企業は「バリューチェーン」「サプライチェーン」でつながっているとし、取引価格の適正化で利益の再配分を呼びかけた。

中小・地場メーカー労組の加盟が8割を占める産業別組合・JAM(ものづくり労組)はここ数年、要求を平均賃上げ方式から「個別賃金方式」にシフトしている。個別賃金方式とは個々の企業の枠を超え、職種別や熟練度別に賃金を決定していく取り組みだ。

労組組織率が1%にも満たない中小では、ベアどころか定期昇給制度すら無い組合が大部分だ。JAMは99年の結成以降、組合員の賃金データを集め、社会的な賃金基準づくりを模索してきた。中井寛哉書記長によれば、個別賃金方式は「労働組合の団結の基礎である「同一労働同一賃金」原則の具体化の第一歩になる」という。

17年春闘ではJAMが加盟する金属労協(JCM)傘下の組合員数300人未満の中小労組の平均賃上げ額が1292円と、組合員1000人以上の大手労組の1128円を上回った。中小の賃上げ額が大手を超えたのは金属労協が集計を取り始めて以来、初めてだ。

ただ、大手の約8割が賃上げを獲得したのに対し、中小は約5割に過ぎなかった。今年は連合にとって「大手追随・準拠からの脱却」を掲げて3年目となる正念場を迎えている。

経営側も労組の要求に一定の理解を示す。経団連は多くの中小組合が根拠を明確にして要求する点について「建設的な賃金交渉を行う上で有益」と受け止める。ただ、中小に一律月額1万500円の賃上げを求めることに対しては「実情を踏まえた要求提示と矛盾する」と指摘する。

人手に頼る部分が多い中小企業の労働分配率は大企業の43%を大きく上回り、69%に達する。日本生産性本部の北浦正行参与は「高度経済成長期から企業を取り巻く環境は激変している。『生産性3原則』の再検討が求められている」と「働き方改革」を促す。

安倍政権は2020年までの3年間を「集中投資期間」と位置づける。「生産性革命」による持続的な賃金上昇とデフレ脱却につなげたい意向だが、税制、予算、規制改革など政策総動員でどこまで生産性革命を推進できるかが焦点となる。

中小企業の総本山・日本商工会議所の三村明夫会頭は、「中小企業の中でも高い収益を上げている企業は賃上げが可能だ。ただ、本来賃上げは個々の企業が経営状況や労働需給を勘案し、労使で決めるもの」という。

一方で、多くの中小企業が現在直面しているのが人手不足の問題。すでに労働分配率が70%に達する状況にありながら、労働需給の逼迫(ひっぱく)を背景とした防衛的な賃上げを余儀なくされている。

懸念されるのは、こうした賃金上昇圧力が弱まるどころか、むしろさらに強まる状況だ。生産年齢人口は今後も年々減少することに加え、経済が順調に成長すればさらに労働力が必要となる。残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の導入といった規制強化も目前に迫る。

日本総合研究所の山田久理事主席研究員は、「政権が賃上げの旗を振る官製春闘は、社会に賃上げの意義を訴える“必要悪”と理解している」とした上で、「このやり方を続けるだけでは持続的な賃上げは期待できない。取引価格や事業の新陳代謝といった本質的な課題に踏み込むことが不可欠だ」と指摘する。

賃上げ交渉の一方で、18年春闘は通常国会で高収入の専門職を労働時間規制から外す高度プロフェッショナル(高プロ)制度や罰則付きの残業規制導入など、労働基準法改正案が審議される中で交渉が行われる。

2月16日には連合が立憲民主、希望、民進など野党5党の受け皿となる超党派政策勉強会「連合政策・制度推進フォーラム」を立ち上げた。来年夏の参院選に視野に、当面は今通常国会で審議される「働き方改革」関連法案での共闘を確認した。

「あの不本意な事態に端を発した閉塞感をここで断ち切りたい」。連合の神津会長は、昨年の総選挙前に分裂した民進党と立憲民主党、希望の党の再結集を視野に、連携を後押しする考えを示した。

フォーラムには立憲民主党の枝野幸男代表、民進党の大塚耕平代表ら選挙で連合の支援を受けた国会議員など152人が出席。同窓会の様相を呈した和やかなムードの総会とは裏腹に連合が望む再結集の道筋は見えない。

総会後、希望の党との統一会派結成構想が土壇場で決裂した民進党の大塚代表は「3党連携のプラットフォームとなる。再結集のきっかけにしたい」と記者団に語ったが、立憲民主党の枝野代表は「一緒になることには一線を画す」と述べるなど政党間の温度差が逆に浮き彫りになった。

衆院予算委では、政府が裁量労働制の利点を強調するのに使った調査データに疑義が生じ、安倍首相が答弁の撤回を余儀なくされた。これについて神津会長は「印象操作のようなものだ。逆にパンドラの箱を開けた」と述べ、野党が法案提出の撤回を求める展開となっている。

しかし、政権と与党側は労働時間規制と裁量労働の適用拡大、高プロ導入をセットでの3月中の法案提出を強行する姿勢を崩していない。「見守るしかないが、今のままでは一強政治に漁夫の利を与える」。野党再結集を訴える神津会長の苦悩は続く。

(八木沢徹)

(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)

(2018/3/1 05:00)

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