[ オピニオン ]
(2018/3/29 05:00)
米国のトランプ大統領が先週、中国の知的所有権侵害についての通商法301条による調査に基づき、中国製品に対する関税などの貿易制裁を課すと発表。同大統領はそれより先の8日、米国の安全保障上の観点から、とする鉄鋼・アルミニウム輸入品に対し、それぞれ25%、10%の関税適用を決定した。その後、この適用では、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉相手であるカナダ、メキシコに加え、欧州連合(EU)、韓国、豪州、アルゼンチン、ブラジルを除外したが、日本は対象とされた。
いよいよ、「米国ファースト」を掲げるトランプ大統領の「大型ディール」が鮮明になってきた。中国は、対抗措置の実施を示唆しており、米中が「貿易戦争」に突入すると、世界経済の不安定度は増す。
中国は、膨大な対米貿易黒字などを基に国力を増強、軍事力を強め、「ここは中国の領土」と主張してスプラトリー諸島などに対する実効支配・軍事基地建設などを強行し、自らの領土拡張を強行している。中国の習近平国家主席は、日本の国会に当たる今月の全国人民代表大会(全人代)で、憲法を改正し、国家主席の「2期10年」という任期制限の壁を取り払い、「支配体制」の構築を進めている。トランプ大統領には、今回の措置で中国のその「資力」を削ぎたいという狙いもあるのだろう。
こうした動きは、世界の国々に連鎖し、影響をおよぼす。日本企業の多くが進出し、進出意欲を示すアジアの諸国の動きにも当然影響する。地政学上のリスクに従来以上に気を配らざるを得なくなる。グローバルと同時にミクロの国別の視点、複眼思考も欠かせないだろう。
例えば、日本企業間で人気の高いベトナム。「人々は手先が器用で勤勉」などと、生産拠点として評判がいい。外務省の「海外在留邦人調査統計・2017年版」によると、ベトナムに進出する日系企業の拠点数は、07年の820から16年には1687へと10年間で2倍に増加している。
ベトナムは共産党の支配が続く国だ。1990年代の後半から2000年代に数回、同国を取材したことがあるが、「従業員は、いわれたことはきっちりやる」と日系企業関係者は話していた。ハノイ近郊に進出した日系企業からは「上場企業でもないのに、バランスシートの提供を求められた」とも言っていた。ホーチミン市近郊で「工業団地」づくりをベトナム政府の関係機関と合弁で計画したシンガポールの政府機関は合弁契約締結後、知らされていなかった造成敷地内にある不発弾や地雷の除去に苦労した。ベトナム戦争に勝利したベトナムは、米国との関係を強化するが、南ベトナムの多くの人は、ベトナム戦争勝利で躍進したベトコン(南ベトナム解放民族戦線)あがりの人々の動向に敏感な様子だった。
ベトナムは懐が深く、北部、中部、南部と歴史・気候・文化が違い、国情は複雑だ。それに、グローバルな変動が加わると、対処の変数は多くなる。ベトナムはまた、17年の世界の「清潔度番付」で180カ国中107位と汚職の多い国でもある(トランスペアレンシー・インターナショナル調べ)。
ミャンマーも、イスラム教徒のロヒンギャ虐待で、国際的に評判を落としている。一方で漢族の国であるミャンマーの実質的指導者、アウンサン・スーチー氏の対中接近が目立つ。カンボジアでは、フンセン首相が2月の上院選挙前に野党を解党に追いやり、独裁色を強めている。7月末の下院選挙にも「勝利」するとみられている。同首相も中国接近を強めている。
さらに、日系企業の拠点数が1783(外務省・海外在留邦人調査統計・2017年版)を数えるタイ。同国ではまだ軍政が続く。昨年12月には、国民に敬愛されたプミポン前国王の後継として、ワチラロンコン皇太子が新国王に即位した。新国王は「独自色をだす」と海外のタイ研究者は指摘するが、同国では王家に対する不敬罪があり、プラユット暫定首相の率いる軍事政権は、新国王に対する「うわさ」や「論評」について厳しく目を光らせているようだ。18年中に総選挙が行われるかどうかは不透明とされている。
対中重視を志向するナジブ首相の率いるマレーシアでも、数週間内の総選挙実施が噂されている。同首相は、政府系ファンド「1MDB」の汚職疑惑が問題視され、同ファンドの再建では中国の国営企業が救いの手を差し伸べた。総選挙に向けては、与党の「国民戦線」を離脱した、マハティール元首相がアンワル元副首相と和解し、野党連合を結成している。
中国が、知財や貿易問題で米国との「対峙(たいじ)」を深めると、アジアでの中国の「覇権主義」の動きが一層強まることが予想される。それに、北朝鮮問題もあり、18年のアジアは波乱を予感させる。
アジアに事業展開するグローバル企業には、規模の大中小を問わず、情報収集・分析、柔軟な事業計画、機敏な為替対策などが求められよう。日本政府は、米国のトランプ政権一辺倒でない、したたかなバランス外交を志向すると同時に、1997年のアジア通貨危機時の体験を再度検証し、その教訓を生かすことも必要ではないだろうか。
(中村悦二)
(2018/3/29 05:00)