[ その他 ]
(2018/4/18 05:00)
きょう4月18日は「発明の日」。1885年4月18日に現行特許法の前身である「専売特許条例」が公布されたことに由来する。特許や意匠、商標など産業財産権の普及・啓発を目的に制定された。日本の産業競争力を復活させるためにも、知的財産の創出や保護、活用の在り方についてあらためて考える一日としたい。
知財コンサルタント 藤野仁三
日本は知財の出願大国だといわれて久しい。例えば特許の場合、国内で毎年30万件近い出願がある。それに要するコストを考えると国家の巨大な投資とも言える。それでは投資に見合う効果を得ているのであろうか。その回答は否定的にならざるを得ない。その理由として、取得した権利をうまく活用できていないという論者が多い。しかし、知財戦略という観点から見ると権利の活用だけで解決できる問題ではない。日本で今何が欠けているのかを検証する。
事業推進と知的財産
国連の専門機関である「世界知的所有権機関」(WIPO)が3月、2017年の特許国際出願数を発表した。結果は米国が5万6624件、中国が4万8882件、日本が4万8208件。日本は件数では中国に追い抜かれたものの、前年比7%増となり健闘している。企業別では中国企業が1位と2位を独占した。(表1)
日本はかつて圧倒的な知財の出願件数を誇っていた。しかし、権利活用となると必ずしも知財意識の高い国と言えないようだ。なぜなのか。権利活用の度合いを直接的に計る物差しはないが、いくつかの事例をみると、何が問題なのかが見えてくる。
【海外進出前に考慮すべき知財問題】
インドネシア・ジャカルタに本部を置く東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)は国際シンクタンクで、東アジア経済統合のための調査研究を行っている。その一つに、知財法制と海外企業からの直接投資(FDI)の関係を調査分析したものがある。東南アジア諸国連合(ASEAN)に複数の現地法人をもつ欧米企業と日中韓三国の企業に、アンケートと聞き取り調査を行い、その回答を分析したものだ。
「ASEAN進出を社内で決定する際、知財部門がどの程度関与したか」が質問の一つ。回答した日中韓の企業26社のうち「深く関与した」と回答したのは1社で、残りの25社は「あまり関与していない」か「まったく関与していない」と回答した。これに対し、欧米企業は19社が「深く関与した」と回答し、13社が「あまり関与していない」、2社が「まったく関与していない」と回答した。
日本企業に対する聞き取り調査から、ASEANへの進出前に現地の知財問題をほとんど重視していないことがわかる。「知財権のエンフォースメント」と「知財制度の整備状況」を挙げた回答があるものの、それらは最も低い関心事項であった。これが進出後には、模倣品対策の必要性と共に関心事項の上位に浮上している。
この調査から言えることは、日本企業は海外進出後に知財問題に対症法的に取り組んでいることである。(表2)
海外での模倣品流通対策
デザイン・ステーショナリーで成功した会社が東京都内にある。ライフスタイルに合わせた商品開発を積極的に行い、ファッション性と機能性の高いダイアリーで世界市場に展開した。日本、欧州、米国で意匠登録を行っていたが、製造地の中国で模倣品が出回り、カナダでも意匠登録の前に模倣品が流通した。ここで、模倣品対策が緊急の課題となる。
まず、東京都の知財相談窓口に出向き、今後の対応についてアドバイスを受け、税関で模倣品を差し止める手続きをとることにした。専門家のサポートを得て東京税関や主要国の税関に模倣品の差し止めを申請し、最終的に模倣品輸入の水際での阻止に成功した。さらに、国内外の電子取引サイトなどに警告を行い、サイト上の模倣品を表示したページを削除してもらうことに成功した。この会社では、巧妙化した模倣品流通の対策のために、社内組織を変え専任の担当者を配備した。
この事案では、問題の発覚後に専門機関に相談し、マーケティング戦略の一環として模倣品対策が講じられている。つまり、事業推進と一体となった知財対策がなされたことに特徴がある。(図1)
【グループ企業間の契約慣行】
最近、登録商標のライセンス契約の解約が争われた事件で、裁判所の判決が出された。この事件は同一の創始者によって1958年に設立された製造会社間の争いで、いわば系列会社間の紛争である。原告は被告に自社ブランド製品の製造委託をするなど、両社の関係は緊密であり、両社は同じ商標を長年使用していた。
時代の経過とともに経営環境が変わり、被告は原告グループからの離脱を申し入れた。協議したが不調に終わり、原告は被告の商標使用差し止めや商標ライセンス契約の解約を求める裁判を起こした。裁判所は原告と被告の間には商標についての黙示の商標ライセンス契約が成立していたと認定し、被告の同意なしに一方的に解約することはできないとして原告の請求を退ける判決を下した。
この事例はいわば系列会社間の争いである。系列会社間での決め事は口約束になりがちである。問題は、その決め事をめぐって紛争が起こった場合の解決が難しいことである。身内であろうがなかろうが、会社間の決め事は明示の契約にしておく必要性があることをこの事例は示している。
知財リスクの考慮
【意思決定者 考えるべき問題】
ここでとりあげた事例は、調査報告、成功事例、紛争事例と多様であり、関わる知財問題の内容や性質も全く異なっている。しかし、共通するものがある。それはいずれの事例も意思決定を行う者が事業推進の前に知財問題のもたらす事業リスクをあまり(あるいは全く)考慮しなかったこと。知財戦略というと権利活用による収益化をイメージしがちであるが、それでは問題が矮小(わいしょう)化されてしまう。
事業を他社の知財権から守るという視点(知財リスクの回避と予防)に立てば、事業推進の前に知財リスクを十分に考慮しておかなければならない。それは事業の意思決定者が考えるべき問題であり、まさに今日必要とされる「知財戦略」の一つである。
【略歴】ふじの・じんぞう 日本企業・米法律事務所で知財業務担当後、2005年から15年まで東京理科大学専門職大学院教授。現在、知財コンサルタント。著書は「よくわかる知的財産問題」「知的財産と標準化戦略」など。早大院修了。平成30年度知財功労賞受賞。
【業界展望台】発明の日特集は、5/1まで全9回連載予定です。ご期待ください。
(2018/4/18 05:00)