[ その他 ]
(2018/5/1 05:00)
1級知的財産管理技能士 友利 昴
企業の知財業務は神経を使う仕事だ。法律をよりどころに物事を考える能力が求められる一方、取引関係や上下関係は「法律上の正しさ」という正論に頼るだけではうまくいかず、こじれてしまう場合も多い。相手と良好な関係を維持しつつ、正当な権利を主張し、コンプライアンス体制を築くにはどうすればよいかに悩む担当者の疑問にお答えしよう。
Q.当社は独自技術を持つベンチャー企業で、大手企業から資金提供を受けて開発業務を受託しています。その大手企業から、当社が有する技術についての秘匿ノウハウの開示を要求されました。断りたいのですが、断ったら資金提供に影響が及ぶかもしれないと思うと返答に窮します。どのように応じればよいものでしょうか。
A.断りにくい提案を受けたら、「人のせい」にして切り抜けよう
ノウハウは秘匿性によってその価値が保たれるものであり、みすみす開示してしまっては、その価値は無に帰すも同然です。しかし、交渉の矢面に立っていて、立場の強い取引相手にプレッシャーをかけられると断りにくいというのはビジネスパーソン定番の悩み。なんでもハイハイと言うことを聞いていた方が、角は立たないですからね。
このようなときは「断る」という役割を、矢面に立たない別の誰かに委ねると気が楽です。「他ならぬ御社の頼みですから善処したいのですが」などと相手におもねりつつ、「ノウハウを管理している研究所の了解が得られない」「法務部に止められている」「社長が首を縦に振らない」などと、決裁権限をその場にいない誰かに委ね、「私の意思にかかわらずどうすることもできない」というスタンスを取るのです。
その際、なるべく自分との距離が遠い他人のせいにすることがポイントです。「上司の許可が下りない」程度の言い訳では、「では、上司の方と話させて下さい」と食い下がられる可能性があります。外資系企業の支社は、例えば「パリ本社の方針で承認できない」などという断り方があります。本当かウソかは分かりませんが、遠く離れた外国のせいにされては、「パリがなぁ…。フランス語分からないし…」と、詰め寄る気も失せてきます。
人以外の何かのせいにするのも使える手です。「社内規則で禁じられているんです」と言われれば、いかに居丈高な相手でも、それを曲げさせることは困難です。また、そのノウハウが不正競争防止法上の営業秘密要件を満たしていれば、無理に聞き出そうとする行為は、同法が規制する営業秘密不正取得行為に該当するという可能性に言及してもよいでしょう。取引相手に直接は言いにくいかもしれませんが、法律が「ネック」であることを暗にでもにおわせることで、強いけん制効果が期待できます。
ちなみに、筆者は以前、取引相手に無理なお願いをしたときに「それは社是に反するので…」とやんわりお断りされたことがあります。社是。ある意味、社内規定の上位に君臨する、会社の信仰するポリシーです。信仰を持ち出されては、さすがに諦観せざるを得ませんでした。
なお、本設問のケースでは、一から十まで拒否ありきで接するのではなく、ノウハウの流出や転用などの問題が生じないよう、秘密保持契約等の措置を講じた上で、開示に応じる選択肢も取り得ると思います。経済条件引き上げ等の交渉カードとして活用するのも一つの手かもしれませんね。
Q.社長肝いりの新製品企画について、トップダウンで実施を指示されています。ところが、調査をしたところ、第三者の知的財産権を侵害するリスクがあることが判明しました。しかし、そのことを伝えても「今更中止することはできない」の一点張り。どうしたらよいでしょうか。
A.リスクを取ることが仕事の経営者に「リスクがある」とだけ言っても届かない
知財担当者の常識からすると、会社が知的財産権侵害リスクのある事業に手を出すとは信じられないことでしょう。「侵害リスクがあると言っているのに、なぜ聞く耳を持たないのか」と、経営者のコンプライアンス意識の低さを嘆くむきもあるかもしれません。しかし、嘆いていても何も始まりません。経営者に対しては、単に侵害リスクを指摘するだけではなく、経営者の論理を理解した上で進言することが必要です。
経営者というのは、経営判断において「リスクを取る」ことが仕事です。そのような相手に対して、事業部門などを指導するのと同じ調子で「侵害リスクがあります」と伝えるだけでは、納得が得られないのもある意味当然です。経営者からしてみれば、「そのリスクを取る判断を私がしたんだ」という発想になりがちなのです。
だからと言って「社長がそうおっしゃるならば仰せの通りに」と引き下がってしまえば、知財不祥事が発生して会社に損害を与えかねません。そこで知財部門に求められるのは、侵害リスクが現実のものとなった場合に会社に及ぶ影響を、経営者にしっかりと伝えた上で、最終的な判断を仰ぐという姿勢です。
通常、経営者が取るリスクとは、結局は金銭にまつわるものが大半ですが、知的財産権侵害が顕在化した場合、単に想定外の出費が発生するということに留まらず、権利者との法的トラブル、対象事業の停止、ステークホルダーからの不安視といった影響も生じます。比較的経営者から認識されにくいリスクであり、これらをしっかり伝えるのは知財部門の重要な役割です。
その一方で、侵害リスクにはグレーゾーンが広いという特徴もあり、トラブルになることは織り込み済みで、勝てる見込みがあるなら「リスクを取る」という判断を取り得るケースもあります。こうした場合、知財部門としては(1)侵害リスクの程度(2)最悪のシナリオ(3)最悪のシナリオを回避できる可能性、回避するための手段―といった事柄を丁寧に検討し、経営者向けに分かりやすく説明し、その上で判断を仰ぐことが大事でしょう。
いずれにせよ、「法律論を述べ、リスクを指摘して、それでも聞いてくれないならしょうがない」という姿勢からは脱却し、専門的な知見を生かして、権利侵害が会社にもたらす影響や、侵害の回避策といった先を見通した説明をすることで、経営者の「聞く耳」をこちらに向けさせる努力を試みてはいかがでしょうか。
【略歴】ともり・すばる 作家。企業で知的財産業務に携わる傍ら、知的財産を中心に幅広い分野で著述活動を行う。主な著書に『それどんな商品だよ!』『へんな商標?』など。1級知的財産管理技能士(ブランド/コンテンツ)。
【業界展望台】発明の日特集は、5/1まで全9回連載予定です。ご期待ください。
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