[ オピニオン ]
(2018/5/3 05:00)
選挙結果は日本の政策にも影響
マレーシアで9日、総選挙が実施される。最大の注目点は、1981年7月から22年間にわたり首相を務め、現在92歳のマハティール氏が率いる野党連合の希望連盟(PH)が、ナジブ現首相が主導する与党連合の国民戦線(BN)に挑んでいる選挙戦の行方だ。同国は、日本はもとより中国にとっても中東から原油を輸入する上で生命線となるマラッカ海峡に面する地政学上の重要なところに位置する。ナジブ政権は中国の「一帯一路」政策に乗り、対中重視策を強めている。一方、マハティール氏はこのところ、中国への過度の依存に警鐘を鳴らす。選挙結果は、中国のみならず、日本の対東南アジア政策に影響する。
下院の任期は5年、議員は222人
マレーシアの国会は、下院と上院の二院制。上院議員は任命制だ。下院と州議会議員の選挙が半島部の11州とボルネオ島のサバ、サラワクの両州を加えた13州、それに連邦直轄の特別区であるクアラルンプール、行政都市のプトラジャヤ、ラブアンで行われる。「国民院」とも呼ばれる下院の選挙結果が民意となる。選挙制度は小選挙区制だ。下院議員の任期は5年で、各州選出の議席数では、サラワク31、サバ25は別格的な扱い。マレー半島部で議席数が多いのは、シンガポールトと橋(実際は人工道路)でつながるジョホール州の26、ペラク州24、セランゴール州22、マハティール元首相の地元であるケダ州15、ナジブ首相の地元であるパハン州と、ケランタン州の14の順。各州選出の合計下院議員数は222となる。
与党連合の国民戦線(BN)に挑む野党連合の希望連盟(PH)
与党のBNは、マハティール元首相もその創設に動いた半島部のマレー人による統一マレー国民組織(UMNO)、華人系のマレーシア華人協会(MCA)、インド系のマレーシア・インド人協会(MIC)、それにサバ、サラワク州の地元政党で構成されている。歴代のUMNO総裁は皆首相となり、第4代首相についたマハティール氏は初の平民宰相だった。第2代首相は、ナジブ首相の父親であるラザク首相だ。
野党では、2013年の前回総選挙で当時の野党連合の一角を担った汎マレーシア・イスラム党(PAS)が今回、独自の戦いを展開し、150人の立候補者を擁立している。PHは、アンワル元副首相を指導者とする人民正義党(PKR)、MCAに反発する華人系中心の民主行動党(DAP)、PASからの離反組が組織したパーティー・アマナ・ネガラ、それに、マハティール元首相がUMNOとたもとを分かち、16年に結成したマレーシア統一プリブミ党(PPBM)で構成する。プリブミとは「大地の子」を意味し、マレー人、インド系などマレーシアの地に生まれた民を指すとされる。
ナジブ現政権、相次ぎてこ入れ策
PHの首班候補はマハティール元首相で、首相時代に開発に力を入れたケダ州の観光地・ランカウイ島選挙区から立候補した。選挙戦では、マハティール氏の長男はケダ州から立候補しているが、PHの選挙戦でのロゴは、PKRのものを使っている。そのPHは、前期のマハティール政権時代、教育相、蔵相に指名され、次期首相と目されながら、同性愛疑惑などで起訴され、獄に入ったアンワル氏の妻が率いる。総選挙に勝利し、国民的人気の高いアンワル氏が恩赦で政治活動ができるようになったら、「禅譲」するとの見方がもっぱらだ。マハティール氏は、敵対に至ったアンワル氏と和解し、PHを蘇生させた。ナジブ首相は地元のパハン州ぺカンから出馬した。
同国の選挙委員会によると、4月28日に立候補届け出をし、認められたのは、下院選挙と同時に実施の州議会議員(総数505)選挙立候補者を含め、新記録の2333人。
現政権に汚職疑惑も
13年の総選挙では、BNが133議席、野党連合が89議席を占め、野党は3州の州議会で過半数を獲得した。野党は、得票率では52%と、BNの47%をしのいだ。
今回の選挙戦では、14年に表面化した政府系ファンド「1MDB」の巨額の資金がナジブ首相の口座に流れたとされる汚職を、マハティール氏は追及している。ナジブ首相は、同資金は、サウジアラビアの王族からの贈与-などとし、すでに大半は返却したとするが、1MDBの負債処理では中国企業が救いの手を差し伸べた。ナジブ政権はこの頃から、「一帯一路」への関与を深め、マレーシア経済発展の戦略と化した感じだ。中国企業によるマレーシアでの投資プロジェクトは電力、鉄道、港湾、不動産開発、工業団地、製造業、IT、教育など広範囲に及び、その数は30を超える。17年8月には、マラッカ海峡側の港湾と南シナ海側の港湾を結ぶ688キロメートルの鉄道建設に着手した。総投資額は130億ドル、その85%は中国輸出入銀行が融資する。ナジブ首相は「野党に政権が渡り、プロジェクト見直しを図ったら、国際的な信用をなくし、中国の報復を招く。政治的な安定なくして経済成長はない」と訴えている。与党の一員であるMCAが同戦略の推進役だ。マレーシアは中国海軍との共同演習も行っている。
マハティール氏は、『マレー・ジレンマ』を70年に出版(邦訳・高田理吉、井村出版文化社、83年刊)し、マレー人の遺伝的特性を論じ、勤勉・励行を鼓舞、カンポン(村落)感覚だけで過ごしていると都市部などの土地の大半は華人系の手に落ちてしまう、と警告した。
マハティール氏は近年、同戦略を野放図に進めると、マレーシアの地が他国所有になってしまう旨の警鐘を鳴らしている。
野党連合勝利ならば92歳のマハティール氏
83年11月、首相だったマハティール氏を都内で単独インタビューした。その際、輸入代替産業育成から輸出産業育成へと産業政策を転じた東南アジア諸国にあって、総合商社育成をも推進した同氏が、日本が100年で実現したことを10年で実現したい、と言っていたのが印象に残る。同氏は「ルック・イースト(東方)政策」と称し、日本や韓国の現場を中心に若者を送り込み、モノづくり、国づくりを学ばせた。同氏はまた、自身の専攻である医学を除き、日本の大学の理工系に優秀な人材を留学させた。息子、娘も日本に留学させた。97年のアジア通貨危機の時には、投資家のジョージ・ソロス氏を「ならず者投資家」と非難し、自国通貨リンギットの米ドル・ペッグ制を守り通して、その後の安定的な経済発展に結び付けた。
マハティール氏も、政権後半は清廉潔白とは言い難いとされたが、92歳を過ぎてもなお、国の行く末を案じる胆力の下に争われるマレーシアの総選挙から目が離せない。もし、PHが勝利すると、マハティール氏は世界最高齢の首相となる。(中村悦二)
(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)
(2018/5/3 05:00)