[ その他 ]
(2018/11/19 05:00)
知財を教材としてソサエティー5.0をけん引する人材を養成
山口大学知的財産センター -大学教育改善への挑戦
産学連携学会 理事
山口大学国際総合科学部 教授
学長特命補佐(知財教育拠点担当)
併任 知的財産センター 副センター長
木村 友久
山口大学では知的財産センター内に知財実務部門と知財教育部門が存在する。知財教育部門にはセンター長と併任教員を含め8人の教員が所属し、学内の教育責任部局である大学教育センターと連携を取り、大学全体の知財教育と教員研修(FD)・職員研修(SD)業務を担当している。知財センター内に多くの教員を配置した教育部門を持つ形と、教育セクターとの間で知財授業の機能連携を定常的に進めていることが独自のビジネスモデルであり、これにより人的リソースの合理化と実務を踏まえた高度な実践教育を可能としている。
超スマート社会に不可欠
国の施策として初等、中等から高等教育に至る知財教育が提唱されるようになって久しい。「知的財産推進計画2018」でも、重点項目として知財創造教育・知財人材育成の推進、クールジャパン人材の育成・集積を挙げるとともに、知財を事業戦略に活用できるグローバル人材育成の必要性を掲げている。ソサエティー5.0の超スマート社会では、文系・理系を問わず人工知能(AI)やビッグデータを使いこなして、技術革新と社会課題を組み合わせた新たなモデルを創造する人材が求められており、その基礎力としての知財全般の知識とスキルの教育が不可欠である。
ここで扱う「知財教育」は知財法解釈にとどまらず、知財情報の研究活用、研究戦略遂行、コンテンツのビジネスモデル立案、契約交渉から契約書作成、標準化教育など、幅広い領域にわたるものである。これに対応するように、知財教育部門の教員も「特許行政・審査・活用」「プロジェクトマネジメントとコンテンツ系知財教材作成」「ものづくり系の知財教材作成」「e―learning著作権処理」「ソフトウェア系著作権処理」「美術系著作権処理」「ライフ系の知財教材作成」「農学系の知財教材作成」という異なる専門領域で構成している。
文理融合型を推進
山口大では大学の経営方針として知財教育重視を掲げており、2005年の技術経営専門職大学院開設、13年度に学部初年次教育で全学生対象の知財必修科目を開設、次年度以降に教養教育科目(学部専門科目レベル)として特許法、意匠法、商標法、不正競争防止法、著作権法、標準化とビジネス、農業と知的財産(各1単位)、モノづくりと知的財産、知財情報の分析と活用、コンテンツ産業とビジネス(各2単位)の科目を開設した。また、大学院共通必修科目として16年度から理系大学院を統合した創成科学研究科、医学博士課程、人文学研究科で各1単位の知財必修科目を開設している。その他、連合獣医学研究科の知財科目設置、教育学部専門科目の「教育現場における知的財産入門」など、部局の依頼を受けた科目開発を行い、知財に関する科目数と学内の受講者数ではわが国で最も多くなっている。
また、15年度に開設した国際総合科学部は語学、デザイン科学、知的財産を組み合わせた文理の枠を超えた学部であり、ソサエティー5.0の時代を生き抜く「価値創造の仕組みをデザインする力」を先取りした教育を目指している。この学部では知的財産入門I、知的財産演習I、知的財産入門II、知的財産演習II、知的財産と技術経営、国際知財戦略論(英語授業)、知的財産法、プロジェクト型課題解決研究(PBL)などの科目を設定しており、英語能力テストのTOEIC730点の卒業要件と原則1年間の海外大学留学制度と合わせて国際的に活躍する知財や標準化人材育成のモデルとなり得るべく授業を進めている。
知財関連授業の実例
例えば、学部3年生必修科目の「知的財産と技術経営」では契約交渉から契約書作成までを含む授業内容でINPIT(工業所有権情報・研修館)が中小企業などの経営層を対象に開発したグローバル知財マネジメント人材育成教材も使用している。また、実施料率の算定から独占的通常実施権契約書の作成、音楽著作権処理実務、それらの英語による契約書作成など、実務処理をベースとして知財法を教える手法で文理融合型の知財授業を進めている。
直近では、18年9月27日東京地裁判決の「マリカー事件」を教材に取り上げて、学生に事実関係の調査、法的立論、判決の評価を報告させた後に、事件の終結シナリオを複数立案させる実践的な授業を行っている。当該学部の2年次授業では、先行特許調査後にコーヒーのドリップパックを製作してクレーム(請求項)を考えさせる(前ページ写真)ことも手がけており、学生リポートや授業に対するコメントシートを見る限り文系・理系とは無関係に授業が成立することも確認されている。知財教育はアクティブラーニングや課題解決型学習の素材として親和性があり、授業改善のアイテムとして捉えることもできる。
ノウハウ共同利用
本学知的財産センターは知的財産教育研究共同利用拠点として文部科学大臣の認定(23年3月31日まで)を受けており、これまでのノウハウを使って知財教育に関するFD、SDによる支援活動を続けている。16年7月の認定時から18年7月までの3年間で約1万9000人の支援実績があり、既にいくつかの大学では知財授業の全学必修化に向けた準備が進んでいる。実務部門の実践事例から教材化する手法にも手慣れているため、増加する専門職大学の実務家教員に対する研修で利用することも可能であろう。今後も、各大学などと連携しながら知財教育を軸にソサエティー5.0をけん引する人材育成を進めていきたいと考えている。
(2018/11/19 05:00)