[ オピニオン ]
(2019/8/8 05:00)
日々が過ぎ去るスピードが、年を追うごとに速くなっていくようである。毎日を平凡な日常作業の繰り返しで過ごしていると、記憶にひっかかって残るようなこともなく、時が速く過ぎるように感じるのであろう。
「生きてゐるといふことは、ぬいても、剃っても毛がのびるといふことだ」(金子光晴『短詩(三篇)』)。考えてみるに人生の8割くらいは繰り返し作業で成り立っているのではないか。毛を抜いたり剃ったりだけでなく、寝たり起きたり風呂に入ったり、食ったり出したり。
だがそうした日常作業こそ、生活レベルを保つ上で必要不可欠なこともまた事実。風呂ひとつとっても、入れなくなればたちまち体は汚れ、夏場は汗を流せず人と会うのもはばかられるようになる。
人生の大半がルーティーンであるなら、それを心地よいものに変える方法を考えるべきだ。寝るなら寝心地のいい寝具、食べるならおいしいもの。単調な繰り返しを楽しみに変える工夫が心の老化を防いでくれる。
だが毛を抜いたり剃ったりという行為はどうすれば楽しみになるのか。金子光晴の詩は「毛が立ち上がる熱気のなかほどの、生のすばらしさ…」と続く。さまざまな毛との付き合い方も、それぞれの人生か。
(2019/8/8 05:00)