大阪工業大学は1949年の開学以来、工学分野の専門人材を育てる教育を実践し、産業界の発展に貢献してきた。オープンイノベーションによって新ビジネスの構築、産業界のさらなるステップアップが求められる今、大阪地域エコシステムサミットを開催。大阪商工会議所、大阪産業技術研究所、大阪工業大学の産官学三機関のトップが集まり、大阪におけるオープンイノベーションによるスタートアップエコシステム構築に向けた各機関の取り組み並びにポストコロナ、Society5.0の実現を見据えた連携の在り方を、三機関が共有する関西文化の特質や各機関成立の歴史的背景を交えて語り合った。
登 壇 者
コーディネーター:大阪工業大学 研究支援・社会連携センター長
杉浦 淳氏
第1部 各機関の歴史と大阪の強み
大阪工業大学 学長 益山 新樹氏
文理融合で次世代人材育てる
益山
大阪工業大学のルーツは1922年に創設した関西工学専修学校。夜学の工学専修学校としてスタート、初代校長の片岡安先生は、建築家・辰野金吾氏の一番弟子といえる存在で、大阪の建築物の代表といえる中央公会堂や日銀大阪支店などの実施設計を手がけた。片岡氏は第13代大阪商工会議所会頭を務め、教育にも力を入れた科学者的財界人だった。なぜ関西工学専修学校が創設されたかというと、人口、市域が拡大していた大阪の街づくりに必要な技術者養成という社会的な要請に応えるためだった。建学の精神は「世のため、人のため、地域のため、理論に裏付けられた実践的技術を持ち、現場で活躍できる専門職業人を育成する」。大阪工業大学は大阪の高等工学教育を担ってきたという自負がある。現在は工学部、ロボティクス&デザイン工学部、情報科学部、知的財産学部を持ち、各分野でオープンイノベーションを実践できる環境にある。
中許
大阪産業技術研究所は、1916年設立の旧大阪市立工業研究所、1929年設立の大阪府工業奨励館を前身とする旧大阪府立産業技術総合研究所が2017年に統合、大阪府と大阪市が共同で設置した地方独立行政法人として再構築した組織。産業技術に関する試験、相談、研究の支援を行っており、産業技術とモノづくりを支える知と技術の支援拠点として、さらに支援の幅を広げて企業発展に貢献したい。企業が今すぐ解決してほしいという技術ニーズに対応する一方、中小企業が自ら取り組めないような先を見据えた研究は我々が先導的に研究開発を行い、そこから生まれた技術シーズを企業に移転して活用いただくという形でお役に立ちたい。
尾崎
明治維新により政治・経済の中心が東京に移り、衰退を見た大阪において、1878年、大阪経済の維持とさらなる発展を目指し、商工業者が大同団結したのが大阪商工会議所の始まり。第二次世界大戦でも大阪の工業は壊滅的被害を受けたが、一からやり直し、繊維、エレクトロニクスなどで世界に冠たるメーカーが生まれている。1970年、大阪万博の開催で大阪の経済は活況を呈したが、経済システムが「モノづくり」から「サービス」中心になって以降、集積することのメリットから経済リソースが東京にシフトし、大阪の地盤沈下が言われて久しい。このような中、大阪商工会議所として何をすべきか。まずは人が集まる都市を目指したい。大阪に来る観光客は海外からも含め、ここ10年は倍々ゲームで増えている。今、考えるべきは、人が来たその次の段階をどうするか。観光だけではなく、訪れた人が大阪に留まり、その人が大阪から新しいビジネスを生み出す、そのような都市にしたいと考えている。例えば、大阪には古くから製薬企業をはじめ、医療、研究機関など健康に関する産業が集積しており、あらためて健康産業を大阪から発信したい。人が健康で充実した生活ができるという意味の「ウエルネス」を中心に新しいビジネスを生み出せないかと考えている。人が集まることで、次々と新しいビジネス、アイデアが生まれるイノベーション・エコシステムを築き、大阪を盛り上げていきたい。
第2部 大阪におけるオープンイノベーションへの取り組みとスタートアップエコシステム
大阪商工会議所 会頭 尾崎 裕氏
ユニコーン企業育成に挑戦
尾崎
大阪・関西が、日本ひいては世界でどのような役割を果たしていくのかについては、新たなことを生み出し、それをビジネスにつなげていくことだと考える。大阪・関西には歴史があり、文化、産業の蓄積は日本のどの地域より厚い。例えば、スタートアップが大阪・関西で新たなことに挑戦する際には、必ず「こういうノウハウがある」「こういうモノがある」といった情報が出てくる。スタートアップのアイデアをビジネスとして実現させていくには、まずはアイデアを技術的・学術的にチェックする研究機関や大学、併せて、そのアイデアを形にする、例えばネジ1本からでもオーダーできる町工場などの中小企業の集積というインフラが必要。お金も欠くことはできない。さらにビジネスを成長させるためには大企業や行政のサポートも必要となる。大阪・関西は、これらの要素を集めて、世界に通用する新しいエコシステムを構築しなければならないが、これまでの蓄積を考えると、米国・シリコンバレーなどのようなエコシステムが育つことは十分可能だと考えている。ひとたびそのようなエコシステムが動き始めると、そこには人が集まり、新たなアイデア・ビジネスの創出に拍車がかかり、さらに人が集まる。このような好循環を生み出していきたいと考えている。実際に人やアイデアが集まるためにはハブが必要であることから、2018年、大阪工業大学と大阪商工会議所で都心型オープンイノベーション拠点「Xport(クロスポート)」を設置した。Xportでは大阪工業大学、大阪商工会議所が有するリソースを提供し、人とアイデアが集まる事業を実施している。現在は、コロナ禍の影響を受け、リアルを避けオンラインで活動しているが、物理的な制約から解放される点にフォーカスすると、Xportを日本全国あるいは世界へと発信できるチャンスではないかと考えている。大阪商工会議所としては、Xportと大阪工業大学、大阪産業技術研究所とのつながりを発展させ、大阪・関西からユニコーン企業を育てることにチャレンジしたい。
中許
大阪産業技術研究所は、いつでも技術相談を受け、必要であれば装置を使ってもらえればいいし、試験も行う。いろんなイベントを行って情報発信も行う。企業支援研究では企業の課題解決のために伴走する。先導的研究は地道にコツコツとモノづくりにおける新しい価値を生み出す。西日本最大規模の公設試として、役割を果たしていきたい。大阪から世界に羽ばたく新しい技術を生み出し、企業の皆さんに使っていただきたいという思いで、少し先の新しい技術に選択と集中で取り組んでいく。ただし、オープンイノベーション展開では、従来は1対1の関係でしかなかった企業との関係をどう広げていくかが課題。例えば医工連携であれば、医療分野の先生に働きかけて、参入に関心を持っている企業を集めて一緒に勉強会を立ち上げ、開発プロジェクトにつなげる。我々の技術シーズに興味を持っている企業には、一緒にプレ研究的に試してもらう。最初は1対1でもいいが、できれば企業同士でも連携してもらいたい。ただ、ユニコーン企業とまでに至らずとも、ビジネスとして発展するためには技術開発の段階から、経営の考え方を入れながらどう展開すればよいかが我々にとって悩ましいところだ。
益山
最近、本学は科学技術振興機構(JST)が公募した「研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム社会還元加速プログラム(SCORE)大学推進型」に神戸大学と共同で出願し、採択された。同プログラムは大学教員が持っているシーズを社会実装に結び付ける過程を国が支援する内容で、スタートアップエコシステムを先取りする。SCORE採択を機に、本学としてもベンチャー企業をつくり出し、研究シーズの社会実装を加速したい。もちろん大学の最大のミッションは未来からの留学生である学生を、現場で活躍できる専門職業人として育てて社会に送り出す教育。教員が自ら汗をかきながら研究成果を社会でものにしようという姿を見せることで、学生にも気づきがあり起業家型人材の育成にもつながる。既に本学教員と東陽テクニカで連携協定を結び、騒音問題の分析ソリューションを提供する大学発ベンチャーを設立した。本学としてはSCORE事業を足がかりに、Xportも活用しながらスタートアップエコシステムの構築に取り組んでいきたい。
第3部 大阪におけるスタートアップエコシステムの未来
大阪産業技術研究所 理事長 中許 昌美氏
知と技術の支援拠点に
益山
最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)が話題になっているが、DXをダイバーシティー(人材の多様化)トランスフォーメーションととらえる見方もある。これも一つオープンイノベーションを進めていくには重要な考え方となる。グローバルで多様な人材、企業が入り乱れてオープンイノベーションを成していくには、人材、企業の背景を認識した上で、かつ研究開発のベクトルを一方向に向けていく高度なコントロールが求められる。次世代のオープンイノベーションを担う人材を送り出す本学としては、学生には専門技術だけではなく広い視野を持って社会、技術を見てほしいという思いが強い。工業大学という専門教育を行うところではあるが、あらためて文理融合、文理横断でリベラルアーツ(一般教養)の教育も重視したい。
中許
知と技術の支援拠点として、イノベーション創出のためには我々のところに大学の教員、企業の人、研究員が一緒になって協業できるようになることが理想だと思っている。さらに今後は我々のネットワークだけでなく、スタートアップやテーマなどほかのネットワークとの共創でオープンイノベーションを一層推進できるのではないかと思っている。産業の裾野を広げるには、多くの企業がグループを成して活動できるようなオープンな場、活動が必要になる。大阪がスタートアップエコシステムのグローバル拠点として認定されており、大阪産業技術研究所もエコシステム協議会や産学融合拠点創出事業(産学融合先導モデル拠点創出プログラム)に参画している。近畿圏の大学ネットワーク、産業界とのネットワークを橋渡しするような形で、より深く活動を進めていく。今後は、その活動を本当の意味での産業の裾野拡充にどうつなげるかが課題である。コンソーシアムはどこでも盛んに行われているが、どうしても各地域で閉ざしてしまう傾向は否定できない。オープンイノベーションを推進していくことは、人に帰着する。やってみなはれと背中を押すこと、それを持続的に支える寛容さを持ち、しっかりとビジネスにつなげていくことが壁を打ち破ることに繋がると思う。
大阪エコシステム推進体制
尾崎
エコシステムを成長させ、新たな産業を生み出すために、大阪商工会議所では、スタートアップが技術やサービスを社会実装するための実証実験ができる場を提供している。また実証実験を機に、地元企業とのネットワークを構築する後押しもしている。特に、行政が管理するデータの活用は進めたい。もちろん匿名性は大前提だが、例えば住民の健康に関するデータが利用できれば、ウエルネスに関するビジネスにつながる解析ができる。現在、大阪府・市・大阪商工会議所で、さまざまな公共のリソースを活用した実証実験を支援する取り組みを始めているが、公園・施設など物理的なフィールドだけでなく、行政データなどソフト面でも実証実験を行いやすい環境を整えていきたいと考えている。また、大阪商工会議所では「AIビジネスコンテスト」も開催している。これは、AIそのものの性能ではなくAIをどのようにビジネスに結び付けるかを競うコンテスト。また、「コモングラウンド」に関する取り組みも行っている。この取り組みは、例えば、人は設計図を見て建物を建て、地図を見て走ることができるが、ロボットはそれらを認識し、行動することが難しい。そこで、人とロボットの双方がデジタル技術を介して共通認識を持てる環境をつくり、共存が図れないかという試み。2025年の大阪・関西万博では、これまで進めてきたこうしたさまざまな実証実験の成果を発表したい。さらには、大阪・関西万博を契機に、新しいビジネス、新しい社会が生まれるということを発信し、大阪を変えていくことにチャレンジしたいと考えている。そのチャレンジを担うスタートアップをこれからも引き続き育てていきたい。
益山
大阪のスタートアップエコシステムの実現のため、この3者がお手伝いできる部分に、大阪工業大学の研究シーズ、大阪産業技術研究所の試作評価、大阪商工会議所の事業化支援が挙げられる。本学はスタートアップが基礎研究から応用研究に移る魔の川を渡るところを支援する、渡りきったところで大阪産業技術研究所に待ち構えていただいて製品化に至る死の谷を越えていく、死の谷を渡りきれば資金援助も含めて大阪商工会議所にダーウィンの海で事業化の舵取りをしてもらう。それぞれが役割を担うことで、新しいビジネスを起こすための支援ができる。ただ、それに乗ってくれる人がいないと始まらない。気軽に相談してもらって「ちょっとチャレンジしてみますか」という大阪スピリットを生かした土壌を形成し、次の時代を切り開くようなビジネスが大阪からできればいいと考えている。
尾崎
人材育成はスタートアップエコシステムの実現のために欠くことができない。大学への期待は大変に大きい。スタートアップに求められる資質は柔軟性を備えた人材であり、そのためにはリベラルアーツ教育は重要である。また、デジタル技術は暗黙知を他の人が理解できる形式知に変えるものであり、これからのイノベーションに不可欠である。大阪工業大学のスタートアップエコシステム構築に向けた人材育成に大いに期待したい。
(了)