(2021/5/4 05:00)
今からちょうど70年前、1951年の芥川賞は激論の末、安部公房さんの『壁』が受賞した。27歳の新人。後に「ノーベル文学賞に最も近い日本人」と称された同氏の、実質的なデビュー作だ。
受賞作の冒頭をかいつまんで紹介すると、主人公はある日突然名前を失う。身分証明書や手紙の宛名にも名前は記されていない。身に覚えのない裁判にかけられ、帽子や上着、靴などが人格を持っているかのようにしゃべり出す…。
当時の日本文学とは一線を画するシュールな作品。芥川賞審査員の意見は割れたが、川端康成氏の強い推しで決まった。
安部さんは多趣味で最新テクノロジーへの造詣も深かった。カメラの腕前はプロ顔負け。自著にも相当数採用された。初期のワープロを日本人作家としては初めて執筆活動に採用したことでも知られる。NECのワープロ「文豪」の開発にも協力した。黎明(れいめい)期のシンセサイザーを購入し、自宅で楽しんでいたという。
安部さんは1993年に惜しまれつつ逝去した。安部文学のキーワードは「不条理」「不安定」「疎外」など。コロナ禍で混沌(こんとん)とする世界。安部さんが存命ならこんな世の中にどんなメッセージを発するのだろうか。
(2021/5/4 05:00)