(2023/10/30 05:00)
人を幸せにする進化の道筋示す
―執筆の動機は。
「テクノロジーによって人の仕事が奪われるといった不安を抱える人が増えている。テクノロジーと距離を置く人が増え、社会の関心が技術による生産性の向上にしか向かわなくなると、テクノロジーの進化する方向が制御不能になる恐れがある。人を幸せにする進化という“温かい”テクノロジーへの道筋を示したかった」
―家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」の開発経緯に触れています。
「テクノロジーの進化が人の幸せに直結する方向を見つけたいと模索する中、LOVOTを思い付いた。LOVOTを迎え入れることで失語症の人が言葉を取り戻したり、認知症でいらついていた人が落ち着いたりとアニマルセラピーのような影響があった。ロボットと人の共存には信頼関係の構築が必要だが、長い道のりの1合目にたどりつくことができた」
―生き物のように振る舞うロボットの開発を通じ、人の感情や行動の意味を問い直せそうです。
「人間の感情は喜怒哀楽と言われるが、LOVOTの開発ではその前提を疑った。LOVOTは不安、興奮、興味という三つのパラメーターの変化に応じて非常に複雑な行動を生成するため行動を簡単に予測できない。人為的に行動を設定すると、人はロボットが次にどう振る舞うのかを見抜き、すぐに飽きてしまう」
―LOVOTの開発を通じ、感情をどのように定義しましたか。
「感情は生き物が環境に適応して生き残るための合理的な機能であると考えた。不安という特定の『何か』が心の中にあるのではなく、不安を感じることで回避行動などを取り、生き残りやすくなるという発想だ。LOVOTのようなアプローチを通じて、人間の心も機能の集積として捉えられる」
―最終的に実現したいのはどのようなロボットですか。
「人の能力を引き出して高める、良きコーチ役としてのロボットだ。困りごとへの答えを直接教えてくれる存在というより、解決するために何を学ぶべきか、どのようなことに悩むべきか誘導してくれる。(自身の認知活動を認知する)『メタ認知』をサポートする存在を目指している」
―実現に向けた課題は。
「未来予測能力だ。指南する側はされる側より未来が見えていないと適切な助言ができない。まずは現状を適切に認識することが第一歩。最終的には因果関係を帰納的に予測できるようになり、その予測が正しいのかを演繹(えんえき)的に判断できることが必要だ。将棋のようにルールが明確なゲームにおいてすら、何手か先を読むのは計算量が飛躍的に増える。ルール、つまり事象の因果関係が非常に複雑な現実社会では、未来を見通すのはとても難しい」
―温かいテクノロジーの発展は社会をどう変えますか。
「国連の持続可能な開発目標(SDGs)が広がり、次に心身の健康や充足、すなわちウェルビーイングを重んじる世界が来るだろう。テクノロジーはウェルビーイングに貢献できるのか。人々の祈りが進化の方向を左右する」(大阪・森下晃行)
◇林要(はやし・かなめ)氏 GROOVE X社長
98年(平10)東京都立科学技術大(現東京都立大)院⼯学研究科修了、同年トヨタ自動車入社。スーパーカー「レクサスLFA」の開発や量産車開発のマネジメントを担当。12年ソフトバンク入社、ロボット「ペッパー」開発に携わった。15年GROOVE X創業。愛知県出身、50歳。
『温かいテクノロジー』(ライツ社 078・915・1818)
(2023/10/30 05:00)