[ オピニオン ]
(2016/3/10 05:00)
東日本大震災から明日で5年。被災地復興は思うように進まず、ケタ違いの被害の大きさを改めて思い知らされる。それ以上に困難なのは、東京電力福島第一原子力発電所の大事故の収拾だ。原発が常に甚大な災害と隣り合わせであることを念頭に置きつつ、防災に向けた覚悟を新たにしたい。
原発事故は直接の死者こそ出さなかったが、緊急避難とその後の避難生活の中でいくつもの命が奪われた。東日本全域が最悪の事態におびえつつ爆発阻止の動向を注視し、また首都圏を中心に計画停電による二次的な被害が発生したことも鮮明に思い出される。
ようやく周辺住民の一部は帰還が可能になったが、生活の立て直しは容易ではない。いまだめどの立たない地域も多く、そうした住民は、時間とともに生きる意欲や目的すら奪われてしまいかねない。事故の罪の重さを思う。
5年を経ても原子炉内部の状況には分からない部分が多い。その解明は今後の原子力防災の貴重な要素となるであろう。
ただ事故直後から言われていたように、地震は想定できたが津波は想定できなかったという解釈はおおよそ正しかった。想定できないことは免責に直結しない。しかし最も重要なのは、同じ過ちを繰り返さないことである。
政府は既に原発の必要性を認め、改修を経て厳しい新基準に適合した既存原発の一部が再稼働にこぎ着けた。産業界もこれを歓迎している。政府と電力事業者は今後も安全基準を不断に見直し、国民の不安を取り除くとともに、安価で安全なエネルギー供給に努めてもらいたい。
同時に国民も産業界も、未来に向けて原発事故の危機を招かない方法を問い続ける必要がある。それは性急な脱・原発とは全く異なるものだ。二酸化炭素の排出量抑制やエネルギー安全保障を欠くことは許されない。原子力安全技術の開発促進、電力利用の効率化による需要の抑制、老朽原発を安全性の高い新型原発に置き換えること、原発以外の核エネルギー利用法を見いだすことなど、多面的な取り組みが必要だ。
(2016/3/10 05:00)