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深層断面/ゲノム編集、活用進む−狙った遺伝子、高効率に改変

(2016/8/26 05:00)

生命科学の研究で、細胞の核の中に含まれる全遺伝情報(ゲノム)を自在に変えられる技術「ゲノム編集」の活用が進んでいる。従来の遺伝子組み換え技術と比べ、特定の場所にある遺伝子を簡単かつ高効率に改変できるためだ。医療から農業まで幅広い分野に同技術の適用が広がる。研究団体の「日本ゲノム編集学会」は、9月6―7日に広島市で第1回大会の開催を控えており、最新の成果発表を通じた技術の底上げが期待される。(斉藤陽一)

  • 腱や靱帯の形成に関わる遺伝子をゲノム編集技術で壊したラットを作製。正常な野生型ラット(左)に比べ、同遺伝子を壊したラット(右)は全身の腱が弱く形成された(赤矢印の部分が腱)(東京医科歯科大提供)

  • 慶大などの研究チームがゲノム編集技術で作製した免疫不全マーモセット(実験動物中央研究所提供)

■医療・農畜産、幅広く普及狙う

【「はさみ」で切断】

「ゲノム編集は日常的に使える技術になりつつある。言い換えれば、ゲノム編集を使わないと生命科学の研究分野では戦えない」。日本学術会議が19日に都内で開いた学術講演会で、広島大学大学院理学研究科の山本卓教授はこう強調した。山本教授は4月に発足した日本ゲノム編集学会の初代会長を務めており、講演にも熱がこもっていた。

ゲノムは「生命の設計図」とも言われ、細胞の核の中にあるDNAに遺伝情報が保存されている。実際にはDNAの構成要素である4種類の塩基(A、T、G、C)の並ぶ順番(塩基配列)が遺伝情報となる。ゲノム編集は、DNAを切断する「はさみ」の機能を持つ人工酵素を利用。標的となる塩基配列に同酵素が結合し、DNAを切断する。

DNAの切断部位では修復機能が働くが、同酵素が繰り返し切断を行う中で修復のエラーが起きる。このエラーを利用して遺伝子としての機能を失わせたり、切断部に別の塩基配列を挿入して遺伝子を改変したりするのがゲノム編集の特徴だ。

DNA切断酵素としては、これまでにZFN(ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ)、TALEN(ターレン)、クリスパー・キャス9などが開発されている。特に2013年に開発されたクリスパー・キャス9は改変効率が高い上に扱いやすく、ゲノム編集の利用が広がるきっかけとなった。

■生命科学の研究に不可欠−DNA切断、別の塩基配列挿入

【難病の解明困難】

医学分野では難病の原因解明や、病気の研究に使う実験用動物の作製などにゲノム編集が用いられている。実験動物中央研究所マーモセット研究部の佐々木えりか部長と慶応義塾大学医学部の岡野栄之教授らは、小型のサル「コモンマーモセット」にゲノム編集を使用し、免疫機能が正常に働かない「免疫不全マーモセット」を作製した。

ヒトの病気の治療法開発には、マウスよりもヒトと生物学的に類似した霊長類のモデル動物が重要となる。マーモセットはヒトと近縁なことに加え、繁殖効率が高い、小型で飼育しやすいなどの利点がある。今回開発した免疫不全マーモセットは、ヒトの免疫不全症の原因解明や治療法の開発、さらにはヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った臓器再生の研究などに貢献できるとみている。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の浅原弘嗣教授らは、腱(けん)や靱帯(じんたい)の形成に関わるたんぱく質を作る遺伝子「Mkx」をゲノム編集で破壊した遺伝子改変ラットを作製。同遺伝子を破壊すると筋肉と骨をつなぐ腱が弱くなることを観察できた。

腱や靱帯の動物実験では、体のサイズの問題からマウスではなく、より大型のラットを使うことが多い。ラットはマウスに比べて遺伝子の操作が難しかったが、ゲノム編集を活用することで壁を乗り越えた。遺伝子改変ラットを活用して「腱や靱帯の病気の原因解明や治療法の開発、人工靱帯の作製などに取り組みたい」と浅原教授は話す。

■自家受粉のリンゴ開発へ

  • 正常な野生型のリンゴの芽(左)とゲノム編集により白化したリンゴの芽(中央と右)(徳島大提供)

【動植物の品種改良】

農畜産業の分野では、動植物の品種改良にゲノム編集を活用する動きが進む。過去にも穀物や家畜を遺伝的に改良する「育種」が行われてきたが、改良に膨大な時間を要する欠点があった。これに対し、ゲノム編集は高効率で遺伝子の変異を操作できる。

徳島大学と農業・食品産業技術総合研究機構、岩手大学などの研究グループは、リンゴのゲノム編集に成功した。リンゴの芽となる細胞をゲノム編集し、植物において主に黄色を示す色素「カロテノイド」を作れないようにした。同細胞を組織培養したところ、白化した芽が生えた。

カロテノイドには、クロロフィル(葉緑素)を保護する働きがある。カロテノイドが失われると、クロロフィルが光によるダメージを受けやすくなり、植物細胞は白化する。この白化作用を利用して、ゲノム編集の成否を肉眼で判定できるようにした。

「白化した植物体を得られたことで、リンゴでもゲノム編集が可能であることを実証できた」と徳島大生物資源産業学部の刑部祐里子准教授は説明する。今後はゲノム編集を使い、自家受粉できるリンゴ開発に取り組む。

従来のリンゴは他の個体の花粉による「他家受粉」のため、農家による受粉作業の負担が大きかった。刑部准教授は「自家受粉のリンゴを開発できれば農家の手間を減らせる」と将来を見すえる。

【倫理検討進む】

中国の研究チームがヒトの受精卵に対するゲノム編集を実施するなど、同技術は倫理的な問題も呼び起こしている。日本国内でも医学・医療領域でゲノム編集をどう取り扱うべきかの検討が進んでいる。こうした倫理面の問題や安全性評価などの課題を乗り越え、ゲノム編集が幅広い分野に普及することが期待される。

(2016/8/26 05:00)

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