[ 科学技術・大学 ]

人事の評価に“科学のメス”−東大など、人材最適化へ解析・研究

(2017/1/5 05:00)

  • 大手企業が参加し、人事情報を活用するための研究会の報告(東大提供)

日本には優れたモノづくりの技術や「おもてなし」のサービスがある。それらを支えるのは結局は人。企業は優れた人材の採用や育成に汗をかき、自社の成長に適したチーム作りに知恵を絞る。今、人事という組織の重要な取り組みに科学のメスを入れて分析し、活用する試みがある。“人事の科学”の解明を試みる東京大学社会科学研究所の大湾(おおわん)秀雄教授を訪ねた。(冨井哲雄)

【生産力に作用】

2000年代から人事データを使う研究の有効性が認識されるようになってきた。すでにデンマークやスウェーデンなど北欧では政府が個人の職業や就職先の企業、収入の履歴などのデータを集め、研究者が利用できるようにしている。これを活用し、企業内部の独自の労働市場「内部労働市場」や転職、起業などの研究が盛んに行われている。遅ればせながら、日本でも研究が進みつつある。

人事のデータから何が読み取れるのか。一例として挙がるのが社内の人事異動だ。人事異動には「人材育成」「人材配置」「インセンティブ」(意欲刺激)の3要素がある。

どのような人がどの部署に異動しているかというデータを定量的に整理することで、異動のプロセスが企業全体の生産能力にどう作用するかを明らかにできるかもしれない。また各社の人事制度の有効性が分かれば、経営陣に課題や改善点を助言することもできるだろう。

【同期効果を実証】

人事給与パッケージソフト大手のワークスアプリケーションズ(東京都港区)の支援を受け、大湾教授は人事制度の設計や運用に関する研究を行っている。

同社の顧客企業である製造業やサービス業の中の国内大手4社、計2万5000人のデータを分析。社員の学歴や家族構成、異動歴、給与、労働時間などのデータを基に、人事制度の有効性を調べ設計・運用上の課題を探す。こうした知見を人事制度の変更に役立てることが目的だ。分析した人事データで多くの理論を実証した。

実証例の一つは「コーホート(同期)効果」だ。

就職時の経済状況が何年も後になって賃金に影響を与える同期効果と呼ばれる現象がある。例えば、景気が悪いと学生の就職率が下がるが、この時期に就職した世代の年収は他の世代よりも低いと言われる。自分の能力とあまり関係ない仕事に就いたり、転職により今まで蓄積した技能を無駄にするなどで、所得が下がると考えられているからだ。

一方、一つの企業の中で、就職難の時期に入社した社員は通常時に入社した世代の社員より収入が高くなる傾向にあるという。2社のデータの分析結果から、採用人数が通常の半分の世代では、入社した社員のその後20年間程度の所得が他の世代に比べ0・1―0・5%押し上げられることが分かった。

この理由として、就職氷河期に特定の企業に就職できた人は同期の社員が少なく、その後の社内での競争相手が減る。その結果、昇進しやすくなり社内での年収が高くなるわけだ。

大湾教授は、「日本では入社年ごとに昇格のタイミングを調整する『年次管理』と呼ばれる慣行があり、同期内で競わせる傾向がある。そのことが原因となっているのではないか」と予想する。

【両極端の評価】

また別の事例として人事評価も挙げられる。組織内での人事評価は主観的で偏見や先入観が存在する。人事データの分析でこうした評価の“正体”が明らかになりつつある。同一の職場で勤続年数が長くなるにつれ、他人からの評価が非常に良い評価と、悪い評価に大きく分かれる可能性が高まることが分かった。

また評価側である上司と評価される側である部下において、両者の家族構成や教育、年齢面で似たような環境にあるほど良いと悪いといった両極端な評価が出やすくなる。

一方で、子どもがいない上司が子育て中の部下を評価するといった場合には評価が中央に集まりやすい。上司が子育てをしていないことが部下の評価に不透明感をもたらしているようだ。こうした知見が評価制度に生かされることが、今後重要になってくる。

【10年後を予測】

人を採用することは企業にとって“大きな買い物”だ。そのため、将来の仕事のパフォーマンスをある程度予測し、採用することが重要となる。「採用試験時に実施するSPIなどの適性検査と面接のデータから、10年後の仕事のパフォーマンスの高さや精神面での強さなどが予測できれば、企業は採用方針を大きく改善できる」(大湾教授)と強調する。

また企業にとっては採用コストを抑えることも必要だ。「適性検査など書類上で評価する方法を改善できれば、候補者を大きく絞り面接の人数を抑えられるかもしれない。いずれ書類選考を人工知能(AI)が担う時代が来るのではないか」(同)と期待する。

今後、情報技術(IT)企業やグローバル企業など異なる業種の人事データを解析し、複数の事業が抱える課題などを調べる。人事データを分析できる大学の研究者や企業の人事部で働くデータ科学者の育成も必要だ。こうした人材を育成することで各社が自社の判断で人事制度を改革できるかもしれない。企業や個人が力を発揮できるような人事制度の構築が求められている。

(2017/1/5 05:00)

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