[ オピニオン ]
(2018/12/6 05:00)
いずれ人工知能(AI)が人間の知性を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)といわれるレベルに到達し、人間や社会に多大な影響を及ぼすようになる――。本当にそうなるかどうかは分からないが、米シリコンバレーにはその名を冠した大学がある。発明家・未来学者で、著名なAI研究者でもあり、2045年にシンギュラリティが起こると予測したレイ・カーツワイル氏(現グーグル)らが2008年に設立したシンギュラリティ大学だ。
とはいえ、通常の大学とは違い先端テクノロジーとビジネスについてのシンクタンク的な位置づけ。受講料が高額といわれるにもかかわらず、企業やスタートアップ向けの研修プログラムで特に人気が高い。10月には同大が特別協力する形で2日間のワークショップ(シンギュラリティ大学ジャパン/一般社団法人21Foundation主催)が都内で開かれたので様子をのぞいてみたところ、日本を代表する大手企業10社から合計約50人の若手社員が参加し、企業の枠を超えた混成チームで未来のビジネスプランづくりにいそしむ姿が印象的だった。
「それまで未来と思っていたような出来事が実現するスピードがどんどん速まっている」。こう力説したのは、シンギュラリティ大議長のパスカル・フィネットさん。「Sci-Fiフューチャープランニングプログラム」と名付けられたこのワークショップでは、十数年後の未来をSF(Sci-Fi=サイファイ)のような形でストーリー化し、そうした未来を実現するにはどういうリソースや組織が必要になるかをみんなで考える手法を取り入れている。
日本でもイノベーションの重要性が唱えられてはいるものの、フィネットさんによればイノベーションは物事の改善にすぎず、全く新しい発想に基づいてそれまでの製品・サービスを陳腐化するディスラプション(破壊)、あるいはディスラプションを打ち破る別のディスラプションにより目を配るべきだとする。それには、直線的ではなく指数関数的に進歩するテクノロジーを念頭に、将来起こるであろうトレンドを想定し、それをどうやって自社のビジネスとして実現していくかが重要となる。
当然ながら、短期間で実用化できるようなものではない。だからこそ「(実用化までの)ゲームに長くとどまることも大切だ」とフィネットさんはクギを刺す。例えばグーグル系のウェイモはいち早く自動運転を手がけ、すでに何千万マイルもの公道走行データを蓄えていることが同社の強みになっているという。
筆者も1990年頃、米国のCAD展示会で3Dプリンター(積層造形装置)のプロトタイプを見たことがある。成形スピードも遅く、本来滑らかであるはずの製品表面がギザギザで、「将来はこれで金型まで作れるようになる」と誇らしげな出展者に当時は大いに疑問を抱いたものだ。それから30年近くたった今、樹脂や金属の3Dプリンターで着々と研究開発を重ねてきた欧米勢が大きくリードしているのはご存じの通り。一方で、炭素繊維の研究開発を地道に続けてきた東レなどの日本企業は民間航空機向けを含め高い競争力を持ち、キャッシュレスシステムはじめ顔認証用メガネ、人間用ドローンなどでは中国企業が先行する。
「日本企業は高いレベルのクリエイティビティを持っているが、世界に通じるイノベーションをなかなか生み出せない、眠れる巨人だ。企業が変わるためにも、みんなで協力しながら個々の知性をつなぎ合わせ、集団的知性を作り出していく必要がある」。シンギュラリティ大学ジャパン事務局のパトリック・ニュウエルさん(一般社団法人21Foundation創設者)は、日本でのワークショップ開催の狙いをこう話す。
企業の国際競争が激しさを増し、テクノロジーの発展が加速する中で、現在の優良企業が10年後、20年後に安泰でいられる保証はない。出る杭(くい)は打たれるどころか、時には出る杭で既存の価値観をぶち壊し、新たな市場を切り開いていくことも求められる。
「未来はここにある。まだ広く行き渡っていないだけだ」というのは、『ニューロマンサー』などの作品で知られるSF作家ウィリアム・ギブスンの有名な言葉。今の時点から未来を冷静に見つめて、イノベーション、そしてディスラプションを生み出す芽を育む企業文化が絶対的に必要な時代を迎えている。(モノづくり日本会議・藤元正)
(このコラムは執筆者個人の見解であり、日刊工業新聞社の主張と異なる場合があります)
(2018/12/6 05:00)