(2020/3/9 05:00)
高齢化社会到来、QOLの維持に必要なこと
高齢化社会の進展で平均寿命が伸び続ける中、QOL(Quality of Life)」(生活の質)をいかに維持して日々の暮らしを送ることができるのかが重要なテーマになっている。病気やけがをしたとしても、できるだけ普通に日常生活を過ごしたいというのは万人の願いだ。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる、いわゆる「2025問題」が迫る中、これは日本社会の大きな課題であり、官民挙げて解決に取り組む必要がある。
熱処理技術を中核に、ろう付や溶接、成形、機械加工までの技術を総合して持つ金属加工のエキスパート集団、金属技研(東京都中野区、長谷川数彦社長)は、こうした課題に対して、得意とする金属3Dプリンター技術を駆使し、患者一人ひとりに合わせたテーラーメイド医療に貢献しようとしている。
今回、金属技研が取り組むのは患者個人のCTスキャンからのデータを基に個体毎に精緻で複雑な形状のインプラントを金属3D プリンターで製作することだ。
金属技研技術本部テクニカルセンター主事の増尾大慈さんは、4つのパーツに分かれたインプラントを手に取り、「造形そのものは1日でできます。例えばこれを機械加工機で削り出そうと思ったら、1部品つくるだけで2、3日かかります。しかもチタン合金は切削しにくく、余計に加工コストがかかる。ここまで薄く削るのは大変です」と指摘する。
高度なスキルと品質管理が必須
航空機部品などで納入実績があるとはいえ、金属技研にとって医療関係はまったくの異業種となる。参入は、医療機器の製造販売を手がけるアムテック(東京都杉並区)の綾香悦子社長に声をかけられたことがきっかけになる。アムテックは脊椎のスクリューのインプラントなどで20年以の製造販売の実績を持つ。ただ、今回企画した金属3Dプリンターによるインプラントの積層はパートナー探しが難航していた。
綾香社長は「新規性が高く、どうしてもやりたかった。国内も海外も探したが、なかなか条件にあった製造社がみつからなかった。金属3Dプリンターの機械があれば誰でもできるわけではなく、高度なスキルと品質管理などが必要だった」と振り返る。そんな中、金属技研のことを知り、提携を持ちかけた。
金属3Dプリンターで積層したインプラントは、患者一人ひとりに合わせて製作しており、複雑な形状は3Dプリンターがまさに得意とするところ。金属加工ではないので、患者さんが何人いても同時にできるのも特徴としており、金属技研では積層造形以外に、真空熱処理など後工程も含めて社内で一貫処理できることも強みだ。
医療分野の参入にあたって増尾さんは、「品質管理が強く求められている業界だと認識しています。当社だけでは対応できないところもあり、アムテックと協力して関連法規制を守りながら、きちんと管理をしていきたい」と語る。
航空機関連に納入、医療分野でも推定展開
もともと金属技研は、高度な品質管理を要求される顧客を通して航空機関連の部品を民間航空機メーカーに納入しており、品質管理には絶対の自信を持つ。
増尾さんは「品質に問題があれば、航空機の場合は飛行機の安定航行に大きな影響がおよび、人命にも影響しかねる重大な問題に発展する可能性もあります。今回は医療分野ですが、人体に使用される製品であり、高度な品質管理が必要とされるのは同じです。そのまま水平展開できました」と振り返る。
金属技研を医療機器製造業とした薬事申請の承認も2019年末に得られ、近々患者の元にこの製品が届けられるようになる。さらに次のステップとして、医療機器の国際規格ISO13485も取得予定で、高度な技術と品質管理をアピールポイントとして、他社製品との差別化を図る。
欧米グローバル企業とも競える
綾香社長は、「脊椎へのインプラントは、人工関節に次ぐ市場規模があります。ただ、製品自体は欧米のグローバル企業のものが9割以上を占めています。今回の金属積層造形なら、そういったところに対抗できます」と自信をのぞかせる。
金属3Dプリンターは一時期のブームを過ぎて、着実に我々の社会を支えるツールとして活躍の場を広げている。従来の工業製品だけでなく、今回のような医療系でもさらなる広がりを感じさせる。我々の暮らしがまた少し豊かになりそうだ。
(2020/3/9 05:00)