(2020/5/5 05:00)
新型コロナウイルス感染症は世界中の経済・社会に深刻な影響を与え続けている。ここで、過去長きにわたり幾多の自然災害や、戦災、経済危機を乗り越えて存続してきた老舗の声に耳を傾けてみたい。長寿企業は、危機を克服した上で、明確な理念の元、持続的な成長を続けている。100年経営の会(事務局=日刊工業新聞社)は「危機克服を考える」と題し、会員企業、有識者、各地で展開する「100年企業顕彰」受賞企業などの提言を定期的に発信する。
岡本硝子会長・岡本毅氏 悲観的に準備して、楽観的に行動せよ
1 対応方針
危機管理の基本である“悲観的に準備して、楽観的に行動せよ”に則り、行動している。具体的には、本危機が長期間に及ぶものと考え、資金の十分な確保を最優先としている。例えば、人件費を中心とする固定費を、最低でも半年分、目標としては1年分の確保を目指して資金調達を図っている。
2 新たな取り組み、考え直すこと
(1)“ピンチをチャンスに”を合言葉に、抗菌ガラス、新型コロナウイルス等の殺菌・不活化に効果的とされている265ナノメートル付近の紫外線「UV―C」の反射率が高い厚膜を、物質表面、水、空気等の殺菌・滅菌システム用途として開発など。
(2)“テレワーク”や“「3密」回避”で分かった会議の在り方など(必要性、開催時間、参加人数等)の見直し。
(3)その他、外部の勉強会、会合、会食などの見直し。
3 乗り越えてきた危機
(1)当社は創業92年であるが、私が入社した後だけでも、2000年代初頭の“ITバブルの崩壊”、08―09年の“リーマン・ショック”と10年を開けずに大きな危機が訪れている。
(2)これらの危機に対しては、有効な手段は、早め早めの手を打つこともさることながら、“いついかなる時に、いかなる危機”が訪れてもよいように日頃から“備え”を怠らないことが肝要であると痛感している。
4 新たな経営理念
過去の危機の前と後とでは、2の(1)で述べたような、“売れ筋商品”の変遷などの表面的な事象の変化ではなく、本質的な変化が起きてきたように思う。
すなわち、“ITバブルの崩壊”では「デジタル化の一層の推進」、“リーマン・ショック”では、分野ではなく、個々の企業の「分極化・両極化」であった。今回の危機の後に来るものは何か?ということをしっかり見定めて、永続企業を目指したかじ取りをして行きたい。
【会社概要】1928年(昭3)都内で創業、カットグラスを生産。64年千葉県柏市に進出。特殊ガラス製造に特化し、プロジェクター用マルチレンズ、歯科用デンタルミラーでも世界シェアトップ。2003年JASDAQ上場。100年経営の会会員。
繊月酒造社長・堤純子氏 お客さま・従業員の安全を最優先
・会社の対応策
当社は熊本・人吉の風光明媚(めいび)な観光地にあり、1903年より120年近くにわたり球磨焼酎一筋に製造を続けております。30年ほど前から製造だけでなく蔵見学の受け入れも行っており、年中無休で対応し年間でも4万―5万人もの多くの方が訪れるまでになっていました。しかし今回のコロナの影響を受け、お客さまと従業員の両方の安全を考え、見学案内の中止を決定しました。それから、熊本地震でも他県の口蹄疫(こうていえき)の影響の中でも何とか対策を打ち33年間継続してきた「繊月まつり」という地域への感謝を伝える蔵のお祭りも、今年は中止するという苦渋の決断も致しました。また、通常の営業活動も行動制限を設け一部では在宅勤務に切り替えています。
・震災から4年の熊本
熊本を襲った大地震から4年がたちます。いまだ仮設居住の皆さまも多くおられますが、年々インフラも復旧し建物などもずいぶん建て替わりました。観光客も戻りインバウンドもこれから増加することが期待されていた矢先、未曽有のコロナ禍により再び谷に突き落とされたような気持ちでいます。
・新たな需要と提案
外出の自粛で“家飲み”需要が高まり、当社の通販サイトの注文が増えています。そこで、家飲みをされる方に向けての当社焼酎の飲み比べセットを作り、注文者には、「燻製豆腐」「馬肉の炭火焼」など、“熊本のおつまみ”をプレゼントしています。繊月酒造のオンラインショップで受け付けています。
・全国へのエール
コロナの影響で誰もが不安や苦痛と闘う事となりました。焼酎蔵としてできることは数少ないですが、焼酎を味わうことでひとときでも癒やしの時間につながる方がいれば幸いだと思っています。今は皆で励まし合い、助け合い、終息に向けた取り組みに力を注いでいきましょう。
【会社概要】1903年(明36)創業。熊本県南部の人吉市で、豊かなコメと球磨川の清流に恵まれ、米焼酎の製造・販売を続けている。代々の杜氏(とじ)中心に品質にこだわり、製造工程の革新、海外進出も。100年企業顕彰(九州・沖縄)で九州経済産業局長賞受賞。
◆100年経営の会 勉強会
近江商人に関する研究報告(全国近江商人系企業の調査研究)(上)
静岡文化芸術大学准教授(100年経営の会顧問)曽根秀一氏
近世から近代の商人活動を見ていく上で、近江商人の話はやはり外せない。私が学位を取ったのが滋賀大学。ここは全国の国立大学で唯一近江商人経営論を開講していて、多くの資料もある。学位取得後も滋賀大学の客員研究員などとして、近江商人の概要や相続と分家についてだけでなく、現代における近江商人系企業の追跡調査や生存率なども、国の科学技術研究費などで、総合的に調査を続けてきた。実は私の妻の実家も近江商人の家で、この正月に立ち寄った折に天井裏などから、義父も知らなかったような石門心学などの貴重な資料を見つけることができた。これも調査していかなければならない。
近江商人の研究は戦前から続いているが、かつてはその起源についてなどがメーンだった。1960年代以降では家訓や「三方よし」といった特徴など、00年代になるとCSR(企業の社会的責任)や国際的視点などが着目されるようになった。
そもそも近江商人とは、主に鎌倉時代から昭和時代にかけて活動した近江国・滋賀県出身の商人で、近江に本宅(本家)を置いて他国稼ぎをした商人を指す。その地域に店舗を置いて商売する地(じ)商いと対照的なものだ。近世における先進的な経営として、全国を市場圏として活躍してきた。
特に注目されたのは90年代後半以降で、企業の社会的貢献が唱えられるようになり、その課程でCSRの源流が近江商人だ、と言われるようになった。この時期からの老舗企業研究ブームと符合したところがある。近江商人研究の第一人者の1人、同志社大学の末永國紀名誉教授は04年に「近江商人という人々は、地元の近江を活動の場とするのではなく、近江国外で活躍し、原材料の移入と完成品の移出を手がけ、現在の日本の経済と経営を先取りするような大きなスケールを持った商人たちであった」と述べておられる。
近江商人系企業の特徴としては、小規模であっても積極的な経営戦略を展開し、蓄積した資本で多店舗化、多業種化させているところにある。1店舗あるいは1業種の規模は小さくてもトータルとしては大規模となる。これはリスク分散を図って経営の安定化を目指したとも言え、多業種化したことも全国に広がった要因の一つだ。(続きは5月末に掲載予定)
(2020/5/5 05:00)