産業ガス/安定供給力を強化

(2020/8/5 05:00)

業界展望台

産業ガスとは製造プロセスで使用されるガスのことで、酸素、窒素、アルゴンなどがある。鉄鋼業では高炉の燃焼温度上昇や鋼の熱処理に、食品向けでは酸化防止や保冷に、化学分野では石油精製やプラスチック製造の材料ガスになるなど、その用途はさまざまだ。その産業ガスを製造し、販売するのが産業ガスメーカーである。ここでは、メーカー各社の最近の取り組みと、現在業界で問題となっている放置容器への対策についてまとめた。

半導体工場の業務を効率化

  • 大陽日酸が開発したIGSSのロボット搬送システム

大陽日酸は半導体工場のガスハンドリング業務を効率化、省人化するガス供給システム「インテリジェント・ガス・サプライング・システム(IGSS)」を開発した。

半導体工場では、多品種な特殊材料ガスが使用され、工場で保有するシリンダーの数は数百本にもなる。工場運営にあたり、これら材料ガスや関連設備の保守管理は重要だ。ガスが充填されたシリンダーの重量は、一本当たり100キログラムを超え交換作業は重労働で危険を伴う。また、法定日常点検は毎日の目視点検と記録が義務づけられ、作業者の大きな負担となっている。

IGSSはこれらの作業を自動化する。IGSSの機能は、(1)重いガス容器を自動搬送するロボットシステム(2)ガスごとに発注タイミングを解析し、最適な発注を支援する容器管理データベース(DB)(3)運転データをクラウドへ送信し、DB化する日常点検支援(4)シリンダーキャビネット容器交換や稼働状況の監視が遠隔で行えるタブレット操作シリンダーキャビネット(5)キャビネット内部を常時録画する機能(6)無制限のセンシングデバイスを統合管理するモニタリングシステム―。これら六つの機能を一つのタブレットで操作できる。

小型プラントを分散配置

エア・ウォーターは全国で高効率小型液化酸素・窒素製造装置(VSU)の設置を進める。現在、19道府県の19拠点で稼働している。

ガスユーザーの拠点は全国各地に存在する。ガスを大量生産できる大型プラントは全国でも数カ所のみで、ここからローリー車で顧客先へ運ばれる。場所によっては200キロメートルを超える長距離輸送となっていた。

そこで、同社は酸素と窒素を生産する小型プラント・VSUを開発した。従来、小型プラントは搭載するガス製造装置のエネルギー効率が悪く生産コストに見合わないため、実現が難しいとされてきた。同社は高効率タービンや真空断熱方式を開発・採用し、高効率にガスを生産できる小型プラントを実現した。

このVSUを全国に分散配置して空白地を少なくすることで、各顧客先への輸送距離を短くできる。各地域の需要に応じた産業ガスの安定供給が可能だ。輸送に伴う二酸化炭素排出量も減らせる。また、拠点を全国に分散させることで、災害時の供給ルートが断たれるリスクを軽減できる。今後は北九州市と三重県亀山市にも建設する予定だ。

ヘリウムを安定供給

ヘリウムは半導体や光ファイバーなどの生産、医療用MRI診断装置の冷却に欠かせない。世界の限られた地域でしか産出されない天然資源のため、調達が難しい。世界的に供給が不足する中、日本は全量を輸入に頼っており、危機的な状況だ。

岩谷産業はヘリウムの安定的な確保に向け、2013年に日本で初めてカタールからヘリウムを直輸入できる権益を獲得した。米国産ヘリウムと合わせて全世界の8%を取り扱い、国内ではトップシェアとなる。

19年4月、大阪に次いで2カ所目となる供給拠点「東京ヘリウムセンター」を茨城県阿見町に完成させた。高効率なヘリウム回収設備を導入し、充填時に発生するロスを従来の8分の1に低減した。ヘリウムの需要が逼迫(ひっぱく)する中、安定供給力を強化している。

一方で、水素の供給体制づくりを加速させる。4月、堺市の生産工場では1時間当たり3000リットルの液化水素を生産できる製造設備を1系統増設した。これにより、同工場の製造能力は従来比1.5倍となった。水素ステーションの普及にも力を入れる。4~7月に9カ所のステーションを新設した。本年度末までに全国で累計53カ所設置を目指す。

放置容器 劣化で破裂の恐れも

  • ガスが充填されるシリンダー(エア・ウォーター提供)

産業ガス業界では、高圧ガス容器が放置される問題が起きている。ガスの供給方法には、顧客の工場敷地内でガスを生産するオンサイト供給、ガスメーカーの製造工場からローリー車などで顧客先に輸送するローリー供給、シリンダー一本単位で販売するシリンダー供給がある。

小口顧客向けのシリンダー供給では、各地の充填所のタンクに液化ガスを貯蔵し、高圧ガス容器に小分けして販売する。空になった容器は顧客先から回収し、繰り返し使用する。顧客への販売は主に販売店が行っているが、ガスを販売すると同時に容器を貸与している。この容器は販売店の所有物であるが、容器が顧客先から戻らないことが少なくない。

高圧ガス容器が長期間放置されると、劣化によって破裂する恐れがある。また、高圧ガス容器は一本当たり数万円もするため、長期の滞留や放置は販売店にとって看過できない問題だ。日本産業・医療ガス協会(JIMGA)と全国高圧ガス溶材組合連合会は、毎年10月に全国で容器の回収を行っている。JIMGA常務執行役員の岩戸康人氏は「年間2000~3000本の放置容器が回収される」と話す。

レンタル料で返却意識付け

容器管理を徹底するため、JIMGAは10年程前から容器にRF(IC)タグを装着することを推奨している。ICタグには固有の番号のほか、ガスの種類、容量、出荷日、納入日などの情報が記録される。ここで取得される移動情報を活用して、滞留期間の長い出荷先へ容器の返却を促せる。

しかし、ICタグの装着は販売店にとってメリットが少ない。すでに87万本(20年5月末時点)の容器にタグが装着されているものの、これ以上広く普及させることが難しくなっている。JIMGAの加藤尚嗣専務理事は「この方法でいいのか再考する時期に来ている」と話す。

国内産業ガス業界では従来、ガス販売の際に貸与する容器の使用料を、ガスの販売価格に含めていた。これが容器の長期滞留を招く一因となっている。加藤専務理事は「空容器を回収するには、レンタル料を取る方法が最適」と話す。JIMGAは販売店に対し、ガスの販売価格から容器のレンタル料を切り離して徴収するよう提案している。容器は借りているもので返却しなければならないものと意識付けするのが狙いだ。

JIMGAは同協会ホームページなどで容器使用料の考え方を示し、会員に使用料の徴収を呼びかけている。すでに一部の会員は顧客からレンタル料を徴収しているという。

(2020/8/5 05:00)

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