患者本位、恩師に重なる『白い巨塔』 医薬基盤・健康・栄養研究所理事長の中村祐輔氏に聞く

(2024/5/31 12:00)

「オーダーメイド医療」の原点

中学2年生の時にスキーで右足の骨3本を複雑骨折して3カ月入院した。3学期は一度も学校に行けなかったが、手術を受けて普通に歩けるようになり「医療ってすごいな」と思った。その頃から医師に対する憧れが芽生え、当時、話題だった山崎豊子著『白い巨塔』を退院後に読んだ。

作品のモデルの大阪大学医学部に進学し、卒業後に入局した第二外科の教授は神前(こうさき)五郎先生だった。主人公の財前五郎と1字違いで、神前先生が財前のモデルとも言われていた。神前先生と財前のギャップが心の中に強く残っているし、常にこの作品を意識しながら生きてきたとも言える。

後に学会などで特別講演をした時も、神前先生はいつも前で話を聞いてくれ、感想やコメントをいただいた。80歳を過ぎても学会で自ら発表する姿は、作品の別の登場人物、里見脩二という真摯(しんし)に医療に向き合う医師と重なって見えた。

医療に対して厳しい人で「目の前の患者にベストの治療をしているのか」とよく問いかけられた。医師、研究者としての人生で一番影響を受けた。後に私が提唱してきた「オーダーメイド医療」の原点となる考え方は神前先生から教わった。

この作品と自分の人生を重ね合わせ、いろいろと考えることがある。財前のように名誉欲や出世欲で教授を目指す人、立場が上の人にこびへつらう医師など反面教師もたくさん見てきたが、里見のように信念を貫く人も少なからずいた。

こうした現実を踏まえ、自分はどう生きるかを考えるのが大事だ。里見のように生きるのは難しいが、志のある人は朱に染まらず、志を失わずに生き抜いてほしい。本当にやりたいことを実現したいから教授を目指すという考えも悪くない。

相手を思いやる気持ちがあって初めて医療は成り立つ。里見は作品でそのことを体現していた。人工知能(AI)時代こそ、医師としての良心と人間性が問われる。この作品を読んだ医師が、里見の姿から何かを感じてほしいと願っている。

(2024/5/31 12:00)

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