[ 科学技術・大学 ]

実現迫る“量子コンピューター” 組み合わせ「最適化問題」を解く

(2017/1/1 05:00)

現在最速のスーパーコンピューターで何百年もかかる計算を一瞬で解くとされる、量子コンピューターの実現が近づいてきた。ここ十数年の間、「2020年にも実用化か」「2050年までかかる」などさまざまにささやかれてきた。だが、量子力学の法則に基づく“正統派”だけでなく、今や多様な計算機が登場し、実用性を打ち出す成果も徐々に出ている。“夢の計算機”は創薬の効率化や高精度の気象予測、モノづくりの高度化などに威力を発揮する。人工知能(AI)の性能も爆発的に向上するだろう。

(藤木信穂)

【並列処理】

量子コンピューターは、異なる二つの物理的状態を同時に取れる、量子力学的な「重ね合わせ」の性質を利用して計算する。現代のコンピューターは一度に一つの計算しかできないが、量子コンピューターはこの重ね合わせの原理により、複数の計算を同時に行う。そのため、1回の計算で大規模な並列処理が可能なのだ。

例えば、現在の暗号は解読に膨大な時間がかかることでその安全性を確保するが、量子コンピューターが実現すれば、既存の暗号はたやすく破られる可能性がある。暗号は携帯電話やインターネット、電子マネーなど我々の生活に浸透しており、これらのサービスが根底から覆される恐れがある。

【性能1億倍】

ただ、実用的な量子コンピューターは現時点では実現していない。10年に“世界初の商用量子コンピューター”と打ち出され、世界で注目されたカナダのディー・ウェーブ・システムズの量子計算機「ディーウェーブ」。同計算機は、現代コンピューターより1億倍高速に計算可能とされ、米グーグルや米航空宇宙局(NASA)が採用する。

ディーウェーブは、量子力学の効果を利用した、量子計算の一手法である「量子アニーリング」方式を使う。98年に量子アニーリングを提唱した東京工業大学の西森秀稔教授は、「組み合わせ最適化問題に目的を絞った計算機」だと説明する。さらに近年は、AIの基盤技術である機械学習のための「サンプリング」にも使えるとされ、脚光を浴びている。

「量子ゲート」方式の伝統的な量子コンピューターとは異なるが、「一部の課題は実用の域に入りつつあり、こうした量子コンピューターがAIの研究をより加速する」と西森教授はみる。

日本では、内閣府の産学官連携の大型プロジェクト「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の中で、量子人工脳の研究が進む。16年10月、山本喜久プログラム・マネージャーらは、人間の脳を模した「レーザーネットワーク方式」の量子計算機を開発し、米科学誌サイエンスに2本の論文を発表した。計算可能なビット数は2048ビットとディーウェーブの約1・8倍に達する。

【室温で稼働】

量子力学における波束の収縮によって起きる「量子相転移」を原理として動作し、「現代コンピューターより50倍速く組み合わせ最適化問題が解ける」(山本氏)という。

ディーウェーブを含む既存の量子計算機は超電導回路を使うため、極低温に冷やす必要がある。一方、同計算機は室温で動かせる点でも実用性が高い。17年中にも一部で実用化する見通しだ。

量子計算機の活用で頻繁にうたわれるのが、「組み合わせ最適化問題」への適用だ。これは現代コンピューターが苦手とする領域であり、さまざまな条件下で多数の選択肢から最適解を選ぶ問題のことを指す。創薬や通信網の最適化、新材料探索、機械学習など多様な問題を扱える。

ならば、量子計算機でなくても、組み合わせ最適化問題が解けるコンピューターがあれば、すぐにでも活用できるのではないか。こうした観点から、既存の半導体回路を使い、拡張しやすい計算機を開発しようという流れも出ている。

【AI賢さ向上】

日立製作所は15年、半導体のオリンピックと呼ばれる権威ある国際会議「国際固体素子回路会議(ISSCC)」で、約1兆の500乗通りの膨大な組み合わせから、瞬時に解を導く新型コンピューターチップを発表した。2、3年後の実用化を目指している。

富士通も16年、組み合わせ最適化問題を解く新しい計算機アーキテクチャーを開発、現代コンピューターより約1万倍高速に計算可能なことを確かめた。18年にも計算機を試作する。両社ともディーウェーブを意識しており、半導体でも量子計算機に匹敵する性能が出せると強調する。

米IBMや米グーグルなどが開発する“本家”の量子コンピューターは、現状でビット数が10ビット以下と実用化にはほど遠い。超電導回路のほかに人工原子や原子イオンを使う手法もあり、これらはまだ基礎研究の途上だ。

社会の課題解決やAIを飛躍的に賢くする量子コンピューター。今年も国内外の動向から目が離せない。

(2017/1/1 05:00)

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