[ その他 ]
(2015/12/3 05:00)
東京大宇宙線研究所長の梶田隆章さんのノーベル物理学賞受賞で脚光を浴びる浜松ホトニクス。同社の技術はヒッグス粒子の発見にも貢献し、いまや”ノーベル賞請負企業“の感すらある▼転機は1979年。梶田さんの大師匠である小柴昌俊さん(現東大特別栄誉教授)から『カミオカンデ』用の20インチ径光電子増倍管の開発依頼を受けた。当時の主流は1―1・5インチ。同社は8インチの開発に着手したばかりだった▼社長の晝馬輝夫さん(現会長)は「できないと言わずにやってみろ」と社員に発破をかけた。「小柴先生の人類未知未踏を探求する心に動かされた」と著書に心境を記している。これが2002年のノーベル賞につながった▼今でこそ営業利益率約20%の優良企業だが、かつては開発投資が先行し苦労した。それを1987年に出資という形で助けたのがトヨタ自動車社長の豊田章一郎さん(現名誉会長)。「配当には期待しないが、車に使える技術ができたら教えてくれ」と笑ったという▼ノーベルウィーク初日の6日、梶田さんは光電子増倍管をノーベル博物館に寄贈する。「ホトマル」の愛称を持つこの光センサーには、人類未知未踏への挑戦を支えた多くの日本の産業人の魂が宿っている。
(2015/12/3 05:00)