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(2016/11/29 05:00)
射出成形用金型メーカーのIBUKI(旧安田製作所、山形県河北町)。デジタル家電向け金型の不振で一時は経営破綻寸前まで追い込まれ、ピーク時270人近くの従業員は最悪期に約20人に減った。投資ファンドに買収されるなど売買が繰り返され、6年間で社長が4人も入れ替わった。満身創痍(そうい)の企業が一転、営業利益率10%を見込むまでに息を吹き返した。復活の方法論は素形材産業のベンチマークになる。(編集委員・鈴木真央)
苦境も先行投資惜しまず/電機から車にシフト
【2工場閉鎖】
1933年に東京都品川区で創業。ソニーを主要取引先としてピーク時に売上高40億円に迫る勢いで、山形県内3工場を構えるまでに成長した。ところが地デジ化特需の反動、海外生産などが進み、08年度から6年連続赤字に沈む。家電以外の販売先開拓が不十分で売上高も激減。2工場を閉めた。
旧安田製作所はかつて素形材企業の合併・買収(M&A)でのし上がったアークの傘下で存在感を発揮した。しかし、アークが債務超過に陥り、企業再生支援機構(REVIC)に支援を仰ぐと、14年に株式は投資ファンドのロングリーチグループに売却される。
再生不可能とみたロングリーチは早々に手を引き、14年9月に製造業向けコンサルティングのO2(東京都品川区)が買収した。復活劇を指揮するのがコンサル社長を兼務する松本晋一社長だ。
「中身が伴わないと優れた機械を導入しても宝の持ち腐れ。過去にヒントはない。心機一転のプロデュースに最初にこだわった」。買収からわずか半年で歴史ある社名を変え、新しいユニホームを公募で決めた。「目指す姿は金型業界の風雲児」。赤字に疲弊しきった社内の白けた雰囲気をよそに、将来像を語り続けた。
【社内用語】
役職呼びを禁じ、さん付けのフラット組織をつくる一方、目上の人に指摘しやすいよう「デザート食べた?(最終確認は完璧か)」など社内用語を導入。整理の行き届いた明るい工場に衣替えした。
減給解除、賞与、新規採用の再開を宣言し、リフレッシュ休暇の導入も決めた。リフレッシュ休暇には最大10万円の補助金を付け、取得率は100%。17年4月までに入社する9人のうち6人は女性と、現場、設計を含めてダイバーシティーを推進、やむなく解雇した社員も戻るなど社員数は近く50人を超える。苦しい中でも先行投資を惜しまなかった。
「価値を分かってくれない人に話さないと価値にならない」―。現在、IBUKIの売上高の8―9割は自動車業界。電機からの市場シフトに成功した。樹脂部品の1次下請け会社だけでなく、ホンダなど自動車メーカーとの直接取引もある。過去にも口座開設を狙いに自動車業界からの受注に赤字覚悟で踏み切っていたが、外注先の品質不良に泣かされるなど、さんざんの結果に終わっていた。
「フロント(営業)の戦闘能力を上げることが改革の第一歩」。金型の仕上げ責任者、いわば“現場のエース”を営業に配置換えし、購買との交渉のツボを教え込んだ。さらにO2のコンサル商流を生かし、設計部門との直接交渉の道を拓(ひら)いた。
コンピューター利用解析(CAE)を活用し、成形時間の短縮を提案する事業を始めたところ、大手電子部品メーカーなどからの受注にこぎ着けた。実はこの部分が付加価値なのだが、以前は無償でやっていた。サービス事業の視点を取り入れたのだ。さらにブルーレイディスク(BD)レコーダーの筐体(きょうたい)に高級感を与える加飾加工など従来の強みも提案したところ、金型発注が舞い込む好循環を生んだ。
【過去と決別】
「金型業界を下請けと見なす体質を打開したい」と取引条件の改善にも注力。多くが手形取引で支払期間が長いほど短期借り入れの必要性があるが「現金取引にするだけで利益が増える」と訴える。「お客さまが遅れずに仕事を出してくれたら、金型メーカーの売上高は2割上がり、黒字化する」と力を込める。
工場では「生産性15%アップ、変動費10%ダウン」を目標に材料費や部品、外注費、運送費、品質改善などそれぞれKPI(重要業績評価指標)を設定。改革の成果を上げる。工場内にネットワークを張り、タブレット端末で工数管理する仕組みも近く運用する。
ただ、「生産性が上がってもまだ採算が悪いので多くの仕事をこなさないと利益が出ない」悩みもある。「今は残業代込みで生活設計していると思う。残業を減らした上で今と同じ金額を支給できる経営状態を1―2年で確立したい」と誓う。
取引先の出勤時間に合わせ、始業時間を8時45分から8時15分に変更。7時前に出社したらクオカードを支給する制度を取り入れた。21時以降は原則残業を禁じ、家族との時間を確保。働き方改革により、20人で70人分の仕事をこなしていた過去と決別した。
■改革の連続性、成功に直結
【種まき進む】
将来の種まきも進む。一つが金型見積もりへの人工知能(AI)導入。見積もりは取締役工場長が一手に引き受けているが、ベテランの暗黙知を形式知化する。過去の実績を基に学習を重ねて精度を高め、不具合の未然防止にもつなげる。
二つ目がオープンイノベーション。開発ではIBUKIの微細加工技術と外部の光学技術を組み合わせ、映り込み防止ミラーの開発に挑戦。スマートフォンなどに使う反射防止膜(ARコーティング)を不要にする技術開発にもめどをつけた。いずれも大きな市場性が期待できる。
生産では同業と手を組む。「プレス、鋳造、鍛造など異なる製法の金型トップ級と提携し、例えばどこかが海外に進出したらそこで完結できる体制をつくれないか。資産を最小化し、設計ノウハウが集まれば新しい製法が生まれるはずだ」と水面下で話を進める。
日本の素形材産業の生産額は07年に5兆円を超えるも、15年は約4兆円にとどまり、これは国内の自動車生産台数にリンクする。少子高齢化で内需縮小は避けられない。
【地方創生】
IBUKIは一連の改革により16年度の売上高で8億円(前年度7億円)を見込み、営業利益率は2ケタに達する可能性が高い。設備投資はIT化を含めて約1億円だ。「O2としてIBUKIの株式売却は考えていない。21世紀型のモノづくりができれば株式上場もあり得る」と松本社長は前を見据える。
山形工場の来訪者は毎日1―2組。出張者が地元に落とす金額も月数百万円にのぼる。「山形の伝道師」を自称し、さくらんぼや西洋ナシ「ラ・フランス」のBツーB(企業間)販売にも乗り出した。社員のやる気を引き出し、生産性を高め、働き方、取引条件を変え、地方創生に貢献する。改革の連続性が成功に結びついている。
(2016/11/29 05:00)