[ オピニオン ]
(2019/2/7 05:00)
郵便記号の〒は「テ」または「T」を図案化したといわれる。なぜテやTか。元が郵便や通信を管轄した逓(てい)信省の徽章だからだ。今や「伝え送る」を意味するこの逓の字を日常生活では滅多に見なくなった。手紙や物資の運搬を指す「逓送」も古語の域だろう。
しかし、黒部峡谷では「逓送」は現役だ。奥にある数々の発電用ダムには唯一の交通手段となる黒部峡谷鉄道が運休する冬季も作業者が常駐する。彼らのために麓から書類や食料などを歩いて届けに来る人々は「逓送さん」と呼ばれ、親しまれている。
その逓送さんに同行取材した。緩やかに傾斜する軌道の上や、そばの歩道を通る約9キロメートルの道程を一緒に登る。この道19年の岩井明博さんは「仲間の中で最も遅い」というが、それでも記者はついていくのが精一杯。2時間ほどかけて「出し平ダム」に辿り着いた時には、足が悲鳴をあげていた。
今季の黒部は積雪が少なく、道中に雪で悩むことはなかったが、厳冬期は「膝まで積もった雪をかき分けて行く」とか。
逓送さんが伝え送る情報や食べ物を糧に、ダムの作業者は電気を街に送る。我々の何気ない日常は、逓の営みに勤しむ人々からの賜物であることを実感した取材だった。
(2019/2/7 05:00)