(2019/12/5 05:00)
日本人の10人に1人が居住するマンション。適切なメンテナンスを行うことで長く住み続けられる。しかし、マンションには人と同じく寿命がある。老朽化に加え、住まい方の変化や設備の陳腐化により、いずれは改修や建て替えが必要になる。マンション再生の方法の一つである「建て替え」を事業とする企業の事例を追った。
デベロッパーなど役割期待 専門知識・ノウハウ蓄積
国土交通省によると、国内のマンションストック総数は654万戸とされている。そのうち、老朽化の目安とされる築30年を超えるマンションは197万戸に達している(2018年末時点)。23年には275万戸になる見通しだ(図)。
マンションの快適な住環境や資産価値を長く保つためには、適切なメンテナンスが欠かせない。マンション全体の機能を回復・改善させる「長期修繕計画」を作成し、計画に沿って修繕を行うことが必要だ。
東京都のマンション実態調査によると、古いマンションほど「管理に無関心な居住者が多い」「役員のなり手がいない」など管理上の問題が多くなっている。適切なメンテナンスが行われていないと、外壁の剥落やひび割れ、雨漏り、給排水管の劣化など住環境だけでなく周辺環境にも悪影響を及ぼす。
耐震性が低い場合、大地震発生時にマンションが倒壊する恐れもある。特に、耐震基準の大きな見直しがあった1981年以前に建てられたマンションは、耐震性に不安のあるものが多い。巨大地震発生に備え、これらのマンションの耐震化は喫緊の課題となっている。
老朽化したマンションを再生するには、主に四つの選択肢がある。(1)外壁塗装工事、屋根防水、給排水管などの更新工事を行う「大規模修繕」(2)耐震補強やエレベーターの設置など設備機器を追加する「改修」(3)建て替え(4)敷地の一括売却-である。老朽化の程度、耐震性、容積率や高さ制限などの建築的な制約、所要費用と改善効果などから総合的に比較検討して選択することになる。
これまでマンションが建て替えられた実績は、建設中を含めてわずか270件程度しかない。立地条件に恵まれたものは建て替えが進みやすいが、多くの物件は条件がそろわず、建て替えが難しいのが現状だ。合意形成、居住者の高齢化、建て替えにかかる費用負担、容積率などが課題だ。
これらの問題を住民だけで解決するのは難しい。専門知識とノウハウを備えるデベロッパーやゼネコン、コンサルタントに役割が期待されている。
名古屋初、民間による建て替え
長谷工コーポレーションは名古屋市でマンションの建て替えを手がけている。名古屋市では、民間の事業者が行った建て替えとして初の事例となる。
名古屋市名東区に立つ「本郷センターハイツ」は、77年に建築された地上10階建てのマンション。同物件は1―2階部分が商業施設、3階部分は駐車場、4階以上は38戸の住宅となっている。04年に耐震性の簡易診断を行ったところ、大地震発生時に倒壊する危険性が極めて高いことが分かった。建物や設備の老朽化も進んでおり、修繕は行わずに建て替える方向で話は進められた。
14年から長谷工がコンサルタントとして建て替え事業を支援し、15年に管理組合で建て替え推進決議が可決された。そこまでは建て替えに向けて順調に話が進んだが、1階部分に店舗を入れるか、全て住宅にするかで検討が続いた。その結果、1階に店舗部分を設ける計画となった。店舗部分を設けることで推進したものの、2年間テナント出店する企業が決まらなかった。最終的に長谷工がテナントを誘致し、18年8月にようやく建て替え決議が可決された。同物件では、長谷工はコンサルだけでなく設計・施工も請け負う。
コンサルと事業協力者が同一の場合、事業色が強いと感じ、権利者に警戒感を持たれがちだ。しかし、ゼネコンがコンサルから一貫して協力するメリットは権利者にとっても大きい。
コンサルの段階では、住民からさまざまな意見が聞かれる。これらを社内の設計担当者に伝え、建築費を算出できる。マンション再生事業部の橋本三郎統括部長は「一連のやりとりが社内で完結するため、住民の意見が建物に反映されやすい」と話す。また、住民は生活面での悩みを複数の人に明かす必要がないので、「住民の心理的負担も軽い」(橋本統括部長)という。
今年8月、同物件の解体工事が始まった。建て替え後は地上15階建てで、1階が商業施設、2階以上が94戸の住宅となる予定だ。22年の完工を目指す。
アフターフォロー手厚く
旭化成不動産レジデンス(東京都千代田区)はマンション建て替え後のアフターフォローにも力を入れている。今年夏に引き渡しが完了した東京都新宿区の「アトラス四谷本塩町」で、10月、住民同士の交流の場を設けた。従前からの住民と新しく住戸を取得した住民合わせて、14組が参加した。
建て替え前の「四谷コーポラス」は56年に建てられたマンションで、耐震性の不安や給排水管の老朽化などを理由に建て替えられた。同物件は住民の建物に対する愛着が強く、再建マンションの再取得率は9割と高い。新物件では、旧物件の窓枠の飾り格子を共用部の内装に取り入れ、従前のインテリアを再現した。
交流会では、再建マンションを新しく購入した住民から「共用部のリビングが気に入っている」といった声が聞かれ、従前からの住民はうれしそうに耳を傾けていたという。同社マンション建替え研究所の重水丈人氏は交流会の目的について「住民同士がいい関係を築けるよう、ハードだけでなくソフト面も提供したい」と話す。
同社はマンション建て替え経験者の声をホームページに掲載している。現在、4件の建替物件の体験談を紹介している。建て替え前の不安や課題となった点、建て替え後の住み心地など、生の声が掲載されている。これからマンション建て替えを検討している管理組合にとっては参考となりそうな内容だ。同研究所の大木祐悟副所長は「今後も交流会などを通して住民の声を集めていく。再建後10年経過したマンションの住民の声を集め、10年後の姿はどうなるかということも示していきたい」と話す。いずれは集めた声を建て替え事業の計画にも役立てていく考えだ。
(2019/12/5 05:00)