(2020/7/29 05:00)
日本から見た米国の産業というとITやサービス業のイメージが強く、製造業は衰退しているのではとの見方もあるが、実際にはアップル、インテル、ボーイング、テスラ、製薬・化学などで世界に冠たるメーカーがひしめく。一方で連邦政府は技術革新や産学官連携の枠組みを整え、製造分野におけるイノベーション創出で巻き返しを図ろうとしている。モノづくり日本会議は7月8日、東芝デジタルイノベーションテクノロジーセンター企画管理部エキスパートの八木秀規氏を講師に迎え、「米国アドバンスド・マニュファクチャリング(先進製造)の最新動向」と題したオンラインセミナーを実施した。デジタル変革(DX)時代のモノづくりとして、安全保障や融合領域、エネルギー、デジタル分野でも強みを持つ米国に学ぶべき点はまだまだあるようだ。
省庁横断事業+産学官連携で巻き返し
15研究組織設立
米国の先進製造プログラムについて、私が2月末に参画したロボット革命産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)米国調査団の成果を踏まえて紹介する。米国の製造産業の背景や、製造革新に向けた仕組み、先進製造に関する予算やガバナンス・制度などについてだ。
まず背景にあるのは2000年代以降の米国製造業のグローバルにおける競争力の低下や、米国国内においても製造業の地位が若干低下気味であるという点への危機感。製造付加価値の国別推移を見ると米国は世界1位から、09年に中国に抜かれ2位になった。シェアとしては00年から低下し、14年からはやや上昇している。研究開発(R&D)投資額も中国に抜かれている。とはいえ米国で製造業に従事するのは約1200万人で全産業中の5位、国内総生産(GDP)に占める製造業の割合は11%超と大きな位置を占めている。
こうした背景から、大統領府に助言を行う行政機関が政策提言を行っている。科学技術諮問委員会であるPCASTなどが先進製造に関して3回の報告書をまとめており、その最初の報告は11年6月に出された。米国が今後も世界の技術革新をリードすべきだという内容で、そのためには製造業、特に先進製造を管轄する部門を作るべきだとしている。その後の議論として、経済が持続的に成長してナショナル・ウェル・ビーイングの実現を目指し、そのためのエコシステム構築が必要だとされた。
12年の2番目のリポートは、基礎研究と実装の隙間を埋める省庁横断プログラムと産学官ネットワークの必要性を説き、13年には米国科学技術評議会(NSTC)がこの産官学ネットワークを具体化した製造イノベーションハブ(IMI)をリポートした。これを受けたプログラムとしてマニュファクチャリングUSAが設立され、付加製造、デジタル製造、軽量素材といった分野に応じたインスティテュートが順次設けられた。最初は12年に付加製造のアメリカ・メイクスが設立され、最新は今年5月にサイバーセキュリティーのインスティテュートと現在は15のインスティテュートが設立されている。
日本は比較対象外
これらの設立と運営管理を行う商務省傘下の政策実施機関である先進製造ナショナル・プログラム・オフィス(AMNPO)を訪問し、いろいろと話を聞いた。彼らはアカデミアと産業界のバランスや、ステークホルダーのコミュニケーションといったテーマで、他国のベンチマークも行っているが、最近の対象国は英国、中国、ブラジルであり、そこに日本が含まれていないことにショックを受けた。日本が80年代、90年代に強みとしていたカイゼンやQC活動などのベンチマークは既に終わり、今学ぶべきは協業や知的財産などであり、それらをベンチマークするのは英国や中国などだ。これが米国の産業界の考えであり、少なくともAMNPOの方針だ。
続いて訪れた米国標準技術研究所(NIST)では、先進製造に関わる大きなプロジェクトとして、付加製造、製造ロボット、システム・部品データの信頼性、モデル・ベース・エンタープライズ(MBE)に取り組んでいる。特にMBEについての説明では、既存技術も含めたデータ、プロセスなどを統合・結合したサービスを実現するための研究プログラムであり、そのためMBEのEはエンジニアリングではなくエンタープライズとなっている。このほかエネルギー省管轄下の国立研究所を訪問し、ここでは各企業や団体が設備や人材を提供していることが確認できた。
サウスカロライナ州のクレムゾン大学では大学生や社会人教育だけでなく、高校生や中学生、それ以下といった若年層に、エンジニアリングに興味を持ってもらう仕組みをつくっていることが印象的だった。カーネギーメロン大学は米国アカデミアにおいて先進製造領域を主導しており、世界中からトップクラスの学生や研究者を集める努力を行っている。ここではさまざまな視点領域を横串で見る、人間、自律、学習、知覚といった視点を意識した研究を行っている。
次に予算面だが、まず米国連邦政府の20年度のR&D予算は約1500億ドルで、大統領府より安全保障、将来の産業の支援、エネルギー・環境といった分野が優先事項として提示されている。省庁別に見ると圧倒的に国防総省が大きな割合で、国立衛生研究所、エネルギー省、NASA(米航空宇宙局)などが続く。国防総省のデータは開示されていないこともあり、エネルギー省の予算をみると、約385億ドルがR&Dに割り当てられている。このうち先進製造に関する予算は約4億ドルだが、13年以降、その執行額は毎年増加している。
一方、NISTの予算は約10億ドルでそのうち約3割が製造関連に割り当てられ、その中でマニュファクチャリングUSAに対しては1600万ドルが割り当てられている。マニュファクチャリングUSAのインスティテュートの予算は総額で約5億ドルであるが、その5億ドルのうち連邦政府のプログラム資金は37%で、残りは参画企業や団体のマッチングファンドだ。
協調で成果迅速に→個社が事業化
ガバナンス制度としては、公的機関と民間の共同研究のための契約(CRADA)、国立研究所が企業と直接R&Dやデモンストレーションを行うための契約(SPP)のほか、公的資金を利用した研究開発成果の帰属や成果を利用促進するための特許手続き法(バイドール法)などがある。これらの法や契約形式により、連邦資金を利用した研究の知的財産が大学や企業に帰属することになり、これらを活用して研究者のモチベーションを上げている。また、NSTCではマニュファクチャリングUSAで立案した戦略や目的と、どの省庁がどの目的に関わっていくのかを、またNSTCといった行政機関やAMNPOといったオフィスなどの説明責任などについても明確にしている。
ライバル競う
米国が今後もイノベーションを先導していくために、産学官のさまざまなステークホルダーが参画する場としてイノベーションハブが必要とされ、マニュファクチャリングUSAプログラムと、実際にプログラム傘下の15のインスティテュートといった枠組みが整備された。
今回の訪問では「チーム・オブ・ライバルズ」といった言葉が聞かれたが、これはライバル同士がインスティテュートにチームとして一緒に参画し、アウトプットやイノベーションから得られる成果については、その中で成果を活用し最後の競争に勝った者が得る。最後にどこが勝つか、といったことに国や省庁は関わらない。こうしたことがわかった。今回は官と学からの調査が中心だったため、今後さらに中小企業の参画をはじめとする企業からの視点や業界団体との関係、国際協調・国際標準化などについて調査を深めたい。
インスティテュートなどでの協調活動による効率的なアウトプットを個社が事業化する、といったことは日本が学ぶべき点だ。しかし、帰国後のコロナ禍で中国への依存といったサプライチェーンの変化やこれまでのグローバル化、オープン化の流れにも変化の兆しが見える。それらへの対応が少し遅れていた日本は逆に、コロナを契機にチャンスがあるとも考える。
(2020/7/29 05:00)