モノづくり日本会議 特別講演会「製造業に求められるカーボンニュートラル戦略」

(2021/6/23 05:00)

モノづくり日本会議は5月27日、特別講演会「製造業に求められるカーボンニュートラル戦略」をオンライン開催した。2015年のパリ協定採択以降、気候変動をめぐる政策・ビジネスの潮流は世界で加速し、気候変動というアジェンダが、今後の企業経営にとって極めて重要な意味を持つこととなった。製造業を中心にカーボンニュートラルに向けたトレンドを概観し、今後求められる戦略上の意思決定や具体的な方策について考察した。

気候変動、経営への影響分析を

EYストラテジー・アンド・コンサルティング ストラテジック インパクト ESG Economics Strategy チームリーダー パートナー 尾山耕一氏

パリ協定以降の脱炭素の大きな流れを紹介し、企業経営において何が求められているのか解説する。コンサルティング会社としては、企業のカーボンニュートラルに係る戦略の策定と、その戦略に基づいた活動、活動に基づいた結果の外部への開示を支援している。

15年のパリ協定採択は大きなターニングポイントで、以降の国際社会の潮流は、投資家、金融機関、各国政府の動きも後押ししている。企業はそれに対応してついて行く格好だが、一昔前のCSR(企業の社会的責任)や社会貢献的な取り組みでなく、経済を新しいものにトランスフォーメーションする潮流として認識しなければならない。

対策を情報開示

さまざまな国際的なイニシアチブの立ち上げも脱炭素を加速させており、企業に気候変動対策を求めている。サイエンスベストターゲット(SBT)、環境イニシアチブ「RE100」、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などに賛同する企業は急速に増えている。あらゆるステークホルダーからの企業へのプレッシャーが高まる中、企業側もそれに対応している。

金融業界における気候変動レジリエンスを高める取り組みも加速しており、国際決済銀行(BIS)の「グリーン・スワン報告書」公表などにより、各国政府機関が金融機関に対しストレステスト実施を求めるといった動きがみられる。日本でも金融庁と日銀がメガバンクに対し、気候変動の経営への影響分析を促している。

投資家においては米ブラックロックのラリー・フィンクCEOのメッセージが、金融の根本的な見直しを打ち出している。投資先の経営陣と取締役に対して、場合によっては反対票を投じ、気候変動に対する対策と情報開示を求める。当グループの調査では、投資家の96%が投資行動の意思決定に非財務情報を活用している。日本ではコーポレートガバナンスコードの改訂で、TCFDなど国際的に確立された枠組みに基づいて、気候変動に関してしっかりと開示していくことが求められるようになる。

日本政府もカーボンニュートラル宣言をしているが、既に200近い国でこうした宣言がなされている。つまり、宣言はスタート地点であり、脱炭素を経済と両立させながらいかに実現させるか、実効性が問われる。欧州連合(EU)各国、米国、日本など基準年はまちまちだが、気候変動サミットを踏まえて、気温上昇1・5度C以内の実現に向けて、世界の動きは一段と加速している。

新たな収益源に

社会全体が産業構造の中で二酸化炭素(CO2)を減らしていくには、さまざまなセクターがそれぞれ自助努力で進めるだけでなく、相互に関連するあらゆる産業の変革が必要だ。投資が必要な場合も分担して進める。鉄鋼やセメント、化学・石油といったCO2排出が大きいとされる産業では、いかに顧客に価格転嫁ができるかや、政府と連携しながら削減を図るか模索する必要がある。一方で最終製品のメーカーやサービスを提供する産業では、調達においてサプライヤーにいかに負荷を与えすぎないか連携しながら削減を進める。

自動車産業を例に見ると、国内ではトヨタ、ホンダほか、海外でも多くのメーカーがカーボンニュートラル宣言を行っている。基本的にはゼロエミッション車(ZEV)をいかに普及させるかにかかるのだが、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車(PHV)を早期に普及させつつ、複数の可能性を模索する。現状では成熟した技術の内燃機関車と比べて、トータルコストオブオーナーシップとして割高だが、現実的な普及の姿を描かなければならない。

経済性と両立した道筋としては、電気と水素が補完し合うような社会像が蓋然(がいぜん)性が高い。ただ、現時点では将来を特定することは難しく、幾つかのパターンを見張りつつ、取り組みを続けなければならない。

自動車のカーボンニュートラルにはまだ困難が伴い、例えばユーザー側からはコスト負担や充電時間がかかる使い勝手の点、産業の観点としては電気自動車(EV)化が進んで部品点数が減った場合の産業競争力や雇用維持の面、社会としても充電スタンド整備などのコスト負担や電力需要増の面などがある。これらのハードルをいかに越えるか。もしくは、ハードルではないと認識を改めることも必要だろう。

このほか、化学メーカーと最終製品メーカーとの連携での新たな素材開発や、サーキュラービジネスモデルの共同構築、消費者との連携といった観点も今後の競争において重要となる。炭素除去技術や炭素クレジット市場についても今後普及拡大する。企業は自社においてできることは何か、それは新たな収益源となり得るかを検討すべきだ。

長期視点で経営・社内改革 外部連携が重要

企業の経営においては何が求められるだろうか。前提として将来はまだ不確実だということを、認識しなければならない。自然災害が激甚化していくか、気温上昇で生活の不便さが増していくか、など客観的にはまだわからない点が多い。どのようになっても支障がないようにするには、企業がどうあるべきか、どんな戦略を考えておくべきか、認識する必要がある。

ポスト炭素時代に向けた変革において、自社と社会の脱炭素をいかにリードしていけるか、社会や顧客の変化を意識して、自社の収益や事業の支えとする。さまざまなシナリオに備え、長期的な変革を実現して原資も確保しなければならない。そのために投資家、金融機関への訴えかけとコラボレーションを推進する。

カーボンニュートラルの中でも企業が発展していくためには、事業の変革、顧客の変革、社会・市場の変革を意識しつつ、さまざまな手法を用いてチャレンジする。M&Aや脱炭素に向けた人材登用、技術イノベーションのためのR&D投資などは従前から行っているだろう。さらに、サステナブル・ファイナンスの積極活用やビジネスモデルの革新、顧客との関係性の再定義など、気候変動に応じたレジリエントな経営に向け経営層の意識変革を行う。経営層もマインドとして複線的なシナリオを持ち、トランジション・ファイナンスによる資金調達で、長期的な原資を確保していく。

ポスト炭素経営として一番変わらなければならないのは、当然ながら経営層だが、長期的な視点で、なおかつ臨機応変な経営で社内変革を推し進める。財務・IR部門においては炭素レジリエントな戦略が求められるが、炭素経済価値をコントロールする「内部カーボンプライシング制度」も有効な手段だろう。

気候変動を生き抜いて経営を推進するには、外部とのコラボレーションはこれまで以上に重要となる。外部に面したさまざまな部門の連携も必要だ。社外の動きを踏まえた経営の推進としては、やはり企業の中での連携が最も大事だろう。

オンラインを使い聴講者と質疑も行った。

―社会的な体裁を気にしてハードルの高い目標を掲げることは本当に必要だろうか。

「科学的な根拠に基づいた目標を宣言できるかが重要だ。また、達成できるかわからなくても目指すべき目標や、目標を設定したことでイノベーションが誘発されるという期待もある。何も言わないことの方が、現状としてリスクは高い」

―2030年、2050年といった目標を考える時、基準年としてふさわしいのはいつか。

「各国や企業によって基準が異なり、基準年もそれぞれ定めている。ただ、50年にはカーボンニュートラルを目指さなければならず、翻って30年にはどの程度にしておかなければ、といったシナリオから道筋は定められるだろう」

(2021/6/23 05:00)

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