[ オピニオン ]
(2016/5/3 05:00)
漢詩には俳句のような季語がない。先人の注釈が盛んでも、季節までは言及していないケースがみられるように思う。「千里の広陵、一日にして還る」の名句で知られる李白の七言絶句『早発白帝城』もそのひとつ。揚子江を軽舟で下る躍動感を今に伝える。
素人なりに想像すれば、厳冬や盛夏ではない。峡谷が彩られる錦秋なら、詩仙の胸中に別の感慨が湧いただろう。おそらくは雪解け水が豊富な新緑の季節、ちょうど今頃ではないか。
晩年、奥地への流罪から許された時の作という説が有力だそうだ。帰心矢の如く、早朝に船上の人となった李白は万重(ばんちょう)の山並みを抜けつつ、両岸で盛んに啼(な)く猿の声が印象的に耳に残った。
江戸中期の儒学者、荻生徂徠はこの詩にちなみ、木曽川の河畔の絶壁に建つ犬山城(愛知県犬山市)を白帝城と呼んだ。ただ木曽川の川下りは上流から犬山まで。ドイツ風の「日本ライン」の異名の方をPRしている。
偶然にも犬山には日本モンキーセンターがあるが、猿声までは聞こえない。河口の伊勢湾まで40キロメートル強で、古代中国の里制だと百里程度。船便はないが、陸路を急行電車で名古屋まで30分。「百里の名古屋、半時(はんとき)で還る」と詠じてみるのも陽春の一興か。
(2016/5/3 05:00)