[ オピニオン ]

産業春秋/星の林に月の船

(2016/8/30 05:00)

「天の海に/雲の波立ち/月の船/星の林に/漕(こ)ぎ隠る見ゆ」(柿本人麻呂)。ロケットなんて想像もつかない万葉の昔から、詩人は夜空の向こうに旅を夢見た。

叙情的なようでいて、実はひどく唯物的でもある。地表から見れば一斉に動く恒星たちの中にあって、衛星は異なる法則で位置を変える。人麻呂がゴンドラのように細った月を、海原をゆく船に見立てたのは、そんな理由だったのではないか。

宇宙船が現実のものになった今、人類が行き来する範囲はずいぶん広がった。商業ベースの宇宙旅行も遠くなさそうだ。とはいえ国際宇宙ステーションの高度は約400キロメートル。水平距離に直せば新幹線の東京―大阪より近い“お隣さん”でしかない。

ごく近い地球低軌道であっても、宇宙には人間を守ってくれる大気や大地はない。真空中では手足を動かしても自分の位置を変えられない。日向と日陰の温度差は200度Cを超し、太陽嵐で電磁波が吹き荒れる。常に物理法則を考え、限られた資源を無駄にせずに使わなければ生命すら維持できない。

宇宙を目指す人は、だれしもロマンチストである半面、冷徹なまでに合理的だ。それは星の林に漕ぎ出そうとする船乗りに、欠かせぬ資質なのだろう。

(2016/8/30 05:00)

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